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  • NHKドラマ「坂の上の雲」感想・投稿・意見交換掲示板

  • 投稿者:管理者
 
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  • [125]
  • 「203高地」の第11回、涙が出ました

  • 投稿者:若輩者
  • 投稿日:2011年12月14日(水)12時13分51秒
  • 返信
 
38歳の主婦です。
学生のころに歴史で勉強した「明治、日清戦争、日露戦争」は
3学期の年度末ということもあり、年表の丸暗記程度でした。
その程度しか学校は教えてくれませんでした。
戦争賛美になるのではという意見もありますが、知らないことのほうが、ただ「勝利した」事しか知り得ず、
戦争の本質を知ることはできません。


戦争に関する賛否両論、戦争もののドラマに対する賛否両論
さまざまな意見が出ていますが、私は単純に、
「203高地」の第11回、涙が出ました。
203高地を奪取した瞬間です。

うれし泣きではありません。たくさんの人が亡くなった
・・・という悲しい涙でもありません。
何で涙が出たのか、意味はわかりませんが
感極まったというのが正直なところです。

国家がここまで庶民に対して重くのしかかった時代は、
これ以前にもない。

坂の上の雲の小説もこのドラマを期に読みましたが
文章だけでは想像もできない世界が、ドラマで伝わってきました。
その重さを背負った、私たちの祖父の祖父。
祖母の祖母、それほど遠くない先祖の方々が
息づいているように感じられた事。

単純にこのドラマを見ることができてよかったと思います。

そういえば、もうずいぶん前に亡くなったわたしの祖母が、
「子供のころ、周りの大人に日露戦争の話ばかり
何回も何回も聞かされてウンザリだった」という
話を聞いたことがあります。

私の母も、子供のころに父から満州の戦地へ行ったときの話しを
何度も聞かされてうんざりだったといっていました。

私は、出来るならそういう話をもっと聞かせてほしい。

戦争賛美ではなく、単純に自分たちの家族、
自分たちの国を守るために戦い、功績を残した先祖の話を
知りたいと思う。

日本人なら、このドラマを見てそう思うのは
当然だと思います。

それから戦争は、今の日本人には絶対無理ですよ。
紛争がおきそうになるとおそらくお金で解決するでしょう。
明治や昭和のような気骨のある人は、もういませんから。
人種自体がもう変わってしまったのではと思っています。

  • [124]
  • あの・・・

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月 9日(金)00時30分6秒
  • 返信
 
坂の上の雲というドラマは、国と国の戦争や国の存亡をかけた外交などもテーマになっていますが今の日本人・・・とくに私のような若輩者にとっては、「明治」という「日本が国際社会というまったくの新世界に漕ぎ出した」時代のなかで多くの人々が信念や希望というものをもち生きたこと、信じられる未来とともに歩む仲間がいることの眩しさや憧れを感じます。
確かに重いテーマも重要かもしれません。
けれど、もっと単純に見ませんか?
ほかの国との友好云々よりも、日本という国で、明治という時代に生きた彼らの歴史を。


  • [123]
  • 友好促進に逆行?

  • 投稿者:菊池 紘明
  • 投稿日:2011年12月 5日(月)17時14分36秒
  • 返信
 
このドラマが周辺諸国との友好促進に逆行する?

当時の世界情勢は帝国主義でこの戦争が開戦される
一番大きな要因が朝鮮半島の北を統治する事だった。

この戦争を短絡的に見れば日本の植民地支配への
第一歩という見方になるだろうが余りに本質からずれている。

大局的にみれば日本海海戦で敗れていたら旅順を
攻略できていなければ日本はなかったどころか
アジアはアフリカ諸国と同じ運命を辿っていたかもしれない。

ドラマ内で同じような台詞があるが正に国家存亡を賭けた
命がけの戦争であったという事は否定しようがないだろう。

近隣諸国というのは主に韓国を指しているのだろうが
日本人であるならば血を流し今の国家を築いた先祖に対し
そこまで卑屈になって得る友好など中身の無い空虚なものだろ。

友好云々の前に日本が何故戦争しなければならなかったかを
己に問うべきだと思う、戦争は人類誕生してから今まで絶える事なく
起こっているのだから、目を閉ざさずしっかり目を見開いて過去を
直視してこそ戦争の無い平和な人類が訪れると思います。

  • [122]
  • 公共放送の使命を忘れないで欲しい。

  • 投稿者:渡辺 栄メール
  • 投稿日:2011年12月 3日(土)20時29分14秒
  • 返信
 
 どう考えても、このドラマは、日本と周辺諸国との友好促進に逆行する。アンケートを取れば、大多数が放送反対のはずだ。なのに、国民から受信料を取って、蛮行するのか。掛けた経費がもったいないのだろうか。止めるのも英断だ。最近のNHKの放送の仕方は、民放の姿勢と余り変わらなくなってきた。
 放送するなら、即刻アンケートを取って結果を公開すべきだ。

  • [121]
  • 独裁制と民主主義

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月28日(水)21時14分18秒
  • 返信
 
私の国民総責任論に対する反論として、国民は本来戦争をしたくないのだが、独裁制の弾圧によって、仕方なしに戦争をさせられたのだ、という国民被害者論がありました。
こういう反論に答えるために、独裁制というものについて考察する必要があります。

戦前の日本とドイツを独裁体制の国だった、と言う人がいますが、私も似ていると思います。
両方ともに国民の圧倒的支持に基づいた独裁で、天皇もヒトラーも国民全体から崇拝の対象とされました。
また両国の独裁体勢は、圧倒的国民の支持によって、完成したものでした。
こういう風に民衆の圧倒的支持によって始まった独裁制は、民衆の支持が続く間は民主主義だったというのが私の民主主義論です。
全国民の支持に支えられた体制は、民主主義の究極の理想を実現したといえます。独裁制は民主主義の理想の姿です。
独裁だから、国民に責任は無い、などということはできないと考えます。
しかし日本の場合は、ドイツと若干違うところがありますのでそこを説明します。
日本は独裁者のいない、独裁国家だった、と言う点が違います。
天皇は、実質的な独裁者ではなかった、ということです。
日本では、明治維新以後、政府や周囲の者が天皇を独裁者に仕立て上げて、独裁国家を装って、国を動かしたのですが、天皇自身の気持ちを見てみれば、権力者としての意思を表明したことは殆ど有りませんでした。
だから日本の場合は、独裁者のいない、独裁体制、ということが出来ます。
戦争を戦うためには、権力は集中されていなければならない、と言う事情から、出来上がった中央集権システムだったと考えます。つまり戦争を戦うために統帥権を確立する必要がありました。
独裁者が存在しないシステムでも独裁体制といえることを理解してもらえれば、アメリカの大統領制も独裁制の一つと見えてくるでしょう。
トルーマン大統領が原爆投下を決定した経緯をみれば、彼を独裁者といって差し支えない、と思われます。
戦時中の英国のチャーチル首相も独裁者に近い権力を行使したと言えます。
以上いずれの国も、独裁者が国民の総意に基づいて意思を決定していたのですから、独裁政治であったと同時に民主主義国家だった、ともいえます。
いずれの国も国民の総意に基づいて戦争をしたのですから、「戦争責任は国民にある」というのが、世界中に当てはまる原則です。
ヒトラーが侵略戦争をして勝っている間は、ドイツ国民は圧倒的にヒトラーを支持していたことは国民投票の結果によって知ることができます。
日本においても、日本国民は最後まで戦争に勝とうと懸命に努力しており、負けそうになった時にも一億玉砕を覚悟するほどに、国との一体観を持っていました。
日本国民は圧倒的に最後まで戦争を支持していたのだから、このように国民から支持される体制があったということは、民主主義があったことだ、といえます。
独裁体制が、ある時点では国民を弾圧して、恐怖政治によって、支持を得ているように見せることは良くあることでした。
戦後にあった韓国、台湾、中東諸国、東欧諸国などの独裁制は、今から考えると、強制によって作り出された支持であったことが明らかです。
このように民衆が本心を隠して、独裁者を支持しているように見せかけることも多いので、紛らわしいのですが、「本心」と「演技」の違いを見分ける目が必要だと考えます。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [120]
  • 国民が熱望した三国同盟

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月15日(木)19時01分15秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用の五回目です。
1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵入して、世界大戦が始まりました。
1940年4月からドイツ軍は西部戦線でめざましい電撃を開始して、瞬く間にパリを占領しました。(6月)
このドイツの快進撃に惹かれた国民は、三国同盟を熱狂的に望み、新聞もそれに同調して、それを煽る記事を書き続けました。

ドイツが瞬く間にフランスを破りパリを占領した、というニュースを新聞で読んだ国民は、「これからはドイツの時代だ」と思ったのは無理も無いことだと思います。
このニュースを読んで、「ドイツは怪しからん侵略戦争を始めた!」などと思った日本人は皆無と思います。
またこの後、ドイツの行く末は暗い、と予想できた日本人もいなかった、と想像できます。
だからドイツの勢いを見て、熱狂的に三国同盟を願った国民の心境は理解できます。
つまりこのドイツの勝利を新聞に載せることが日本国民を熱狂に追い込んだのであって、この熱狂という結果に新聞の責任を問うことは出来ないと思います。
特にこの頃ヒトラーやナチスの悪い情報が知られていたわけでもないので、記者に例え良心が有ったとしても、マイナスの記事の種は無く、この国民の熱狂を止めることは出来なかったでしょう。
三国同盟の問題は、米英と敵対関係になることに問題があるのですが、国民は熱狂してしまってそのような理性を失ってしまいました。
この問題点を首脳達は知っていましたから反対していたのですが、世論に勝てなかったということです。
「政治・軍事の指導者の理性と専門能力は、無知な世論に負けてしまう」という民主主義の現象だと考えます。(因みに私は戦前の日本も民主主義社会だったと考えています。)
ここで悔やまれるのが、首脳陣にノブレスオブリージュの勇気が欲しかった、というのが、この番組の結論のようです。

「大島浩陸軍中将および安東義良外交官証言」
外務省、および海軍は当初強硬に反対していたが、国民のこの熱狂に押されて、反対することが出来なくなり、方針を転換しました。
「加藤同盟通信記者談」
来栖ドイツ大使も新聞のせいでこんなことになってしまったと不満を述べていました。
「松本同盟通信記者証言」
近衛首相も本音では不賛成だったと松本同盟通信記者が述べています。
「福留海軍少将証言」
ドイツと組んで戦争をやれという空気が覆い尽くしていた。
「豊田海軍中佐証言」戦争論で日本は沸いていた。
「柴海軍中佐証言」世論が突き上げていた。

1940年9月三国同盟を締結しました。


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  • [119]
  • 南京陥落提灯行列に都民40万人

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月12日(月)15時29分44秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用の四回目です。
1937年12月南京を陥落させたことを祝った「戦勝祝賀集会」が全国で行われ、東京では40万人の民衆のちょうちん行列が行われました。
この40万人こそが軍国主義の尖兵であり、戦争の原動力となった人々だ、と私は考えます。


従来の左翼が主張する「民衆は弾圧されてやむを得ず戦争に参加した」というロジックをこの人たちに当てはめることは出来ないと考えます。
この熱心な行列に参加した民衆が、軍によって強制的に動員された、とか、弾圧を恐れていやいや参加したなどとは到底想像できないからです。
行列参加の40万人の行動的軍国主義者の背景にはその数倍の行動までには至らない心情的同調者が存在するはずで、これらを塁計すると国民の大部分になる、というのがこの当時の世相を軍国主義と呼ぶことの意味だと思います。
行動的軍国主義者と、行動に至らない、気持ちだけの軍国主義者を合わせて過半数、その背後に沈黙と暗黙の支持者がいて、全体として軍国主義というものが成り立っていた、と考えます。
こういう状態をひっくるめて、国民全体が戦争を望んだのであり、戦争について責任がある、と私は主張しています。

追記;南京虐殺について
一部の右翼が、南京事件は戦後東京裁判のときに占領軍が捏造したもので、事件当時は知られていなかった、と主張していますが、その時のアメリカでニュース映画として公表された画像が今回の放送に含まれていました。
日本軍が虐殺死体が散乱する道を行軍する映像が写っていました。

(私見)
虐殺があったということは日本では報道されなかったので、もしこの真実が報道されていたら、黙ってはいなかったに違いない、という新聞批判があります。
しかしもし仮に国民がこの真実を知ったからといって、そのことを批判する、というようなことは起こらなかったと推定できます。
いわんや「こんな戦争はやってはいけない!」と戦争反対の世論が沸き起こるとは到底思えません。

私は戦時中に兵隊さんが、我が家に来て飲み会をしている席で、中国人を日本刀で処刑している写真を自慢げに見せてくれたことを覚えています。
「それは子供に見せるものではない!」と上官にしかられている様子も覚えています。
つまり兵士は中国人市民虐殺にそれほどの罪悪感を持っていなかった、ということと、内地の国民もその程度のことは当たり前という気持ちがあった、と思っているからです。

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  • [118]
  • 不買運動に屈服した信濃毎日 

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月 9日(金)19時32分52秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用の三回目です。
信濃毎日新聞の桐生悠々編集主幹の「防空演習批判」の記事に対して、信州郷軍同士会が反発して、8万人の会員を以って不買運動を起して脅迫し、新聞側はこれに屈して、桐生氏が退職しました。(1933年9月)
その時期の新聞の発行部数は2万程度でしたから、この不買運動は決定的でした。

「私見「;この脅迫を現代史の本では「軍による弾圧」の一種と見ているようですが、これは明らかに民間団体による、不買運動にすぎません。
軍部が記事に対して怒ったということも事実としてあったと思いますが、しかしこの不買運動は軍部がその組織を使って弾圧したものではなく、現役軍人が動いたものでもありません。
また軍の権力を使った弾圧でも、法律を以って禁止したものでもなく、消費者(購読者)の権利として不買と言う手段を使ったものですから、この脅迫を現在の観点から見ても非難することは出来ないと思います。
いわば健全な消費者運動と見るべきと思います。
これを一般化すると商業メディアは、不買運動に対しては絶対的な弱みを持っていて、消費者の意向に沿わないわけには行かなくなるということです。
これはある意味で、民主主義なのですから、この事件は逆にこの時期民主主義が存在したことの証でもあります。
また不買運動の方に多数の人を巻き込めたということは、軍を支持する国民が多数派で、軍批判の記事に国民の支持が集まらなかったことを意味しており、新聞社に勝ち目がないことは当然といえます。
総力戦の時代には、反戦的意見は少数派である、という現実を認めなければなりません。
それでもあくまでも戦争に反対したい人は、少数派になることを覚悟し、商業ベースに頼らない言論活動を考えるべきだと考えます。
今の時代ならば、コストのかからないインターネットの利用などが一案となります。


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  • [117]
  • 国民が支持した満州事変

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月 8日(木)09時09分7秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用を続けます。
朝日新聞は満州事変が起こった当初は慎重論でした。(他社は当初から事変支持)
ところが事変の二日後の1931.9.20の社説で、事変に対する慎重論を書いたことに対して全国各地で国民が怒り出して、不買運動が起こったので、経営陣はあわてて、再検討を行いました。
そこで緒方竹虎朝日編集局長が、今村均参謀本部作戦課長を料理店に呼びつけて、軍の本音を聞いて判断しようとしました。


今村氏は現地軍の暴走とそれを本部が統制できない現状を素直に認めて、しかし現地の事情を考えると今さら現地を否定することは出来ない、と語りました。
緒方氏はこのような率直な説明に動かされて、新聞社も今更現地軍を裏切ることは出来ない、そんなことを書いては更に世論の大反発を受けるに違いないと悟り、社に帰って朝日新聞の大転向を行いました。
この時他社は既に事変支持が大部分でした。
新聞が恐れたのは不買運動、つまり国民の世論の方だった、ということです。
また記者達は満鉄爆破は関東軍の謀略であることを谷萩陸軍省新聞班員から伝えられて知っていましたが、記者達全員一致してこれを記事にする気は有りませんでした。
政府が不拡大方針を打ち出しているのを無視して、現地関東軍が独断独走していることの方を全新聞社は支持しました。
現地軍の暴走を支持して、政府の優柔不断を批判したのも、国民世論を受けたもので、世論の支持を失うことを恐れたものでした。
新聞は、リットン報告を審議する国際連盟への怒りをあらわにして、「断乎脱退すべし」と連日騒ぎ立てました。
そして全国132の新聞社が一つに成って、国際連盟批判の共同宣言を世界に向かって発表しました。
新聞社は、日本の外交方針を自らリードする姿勢を打ち出したことになります。
結局日本は連盟を脱退してしまいましたが、その立役者松岡氏が帰国した時には、民衆は凱旋将軍のように大歓迎しました。

(私見)ここで注意して欲しい事は、「新聞は、軍部の弾圧を恐れて真実を報道できなかった」という言い訳が通用し無いことです。
この段階では、軍部の弾圧などありえず、むしろ軍部の方が低姿勢だったことが解るからです。
また「真実を報道できなかった」などと言っている、その「真実」というものが何であったのかさっぱりわかりません。
真実を知っていて報道しなかったのは、鉄道爆破の謀略の部分だけです。
これは大前提が事変支持ということであったので、それに不都合な謀略という真実を新聞社が意図的に隠したにすぎません。
政府および軍中央の意思に反して、現地軍の暴走を支持し、謀略を隠したのですから、「弾圧されてやむなく・・・」などという言い訳が入る余地は全くありません。


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  • [116]
  • NHK;日本人は何故戦争へと向かったのか?第三回

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月 6日(火)19時05分1秒
  • 返信
 
このドキュメンタリーは、2011年2月27日に放映されたもので、今回は全4回もののシリーズ第3回「熱狂はこうして作られた」の感想です。
半年前に放映されたものを今回もう一度録画で見てみて、その内容の充実に感服して、ここで本格的に感想を書こうと思い立ちました。
この第三回の主題は「マスコミによって作られた熱狂」というものですが、これは私の主題でもありますので、詳しく論じたいと思います。

私は予てより、マスコミ全体の自己反省のレベルに不満をもっていました。
それは
①マスコミの罪を、「真実を報道しなかったこと」などという意味不明の言い方で護摩化していること。
②その原因を、軍部から弾圧されてやむを得なかった、と言い訳して、自分自身が戦争を煽った行為にほうかむりをしていること。その結果
③軍国主義の実体、すなわち国民自身が戦争を望んでいたこと、を認めようとしていないことに不満でした。
つまりマスコミの問題点は、「国民の好戦性に迎合して、戦争を煽ったという現象にある」ということが見えていないことに不満でした。
ところが今回のNHKは、「熱狂した世論が政策の決定に大きな影響を与えた」と言っていて、私の国民総責任説に合致する考えになっており、とうとう私の考えが現れた、とうれしくなりました。
しかしその「熱狂した世論」はどうして出来上がったのか?ということを「マスコミによって作られた」と番組が説明していることにちょっと不満が残りました。
こう言ってしまっては、マスコミと世論の相互作用と一体感が損なわれるような気がしたからです。
私としてはあの戦闘的世論は「マスコミによって作られた」というような受身的なものではなくて、民衆自身の好戦性が能動的に作った世論であった、という側面を忘れてはいけない、と思いました。
国民はマスコミに操作されて熱狂しただけではなくて、国民自身の性癖として、熱狂しがちなものであり、それが軍国主義の時代を作った、ということを私は強調したいと考えます。
マスコミは国民が好む記事を書いて売り上げ部数の拡大を目論んだのですから、熱狂したい国民に新聞が迎合した、という要素を私は強調します。
戦前軍国主義下の国民には、戦争に熱狂する素地が既にあって、それに火をつけたのが、マスコミであった。
マスコミは、熱狂を「作り出した」のではなくて、「火をつけただけ」という違いです。
しかし朝日新聞の戦争責任論では到達できなかった、マスコミが「戦争を煽った」現象を直視した内容に充分満足しました。
しかし朝日などの営利企業には出来ない、自己批判をNHKという組織で出来たことに喝采を送り、今後に期待したいと思いました。
私としては、残るのは軍国主義化した国民の責任の問題だけとなりました。
こういう素晴らしい番組を作った、制作統括の角英夫氏の名前を記憶しておきたいと思いました。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [115]
  • マスコミの戦争責任?

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 3月 9日(水)11時08分13秒
  • 返信
 
前項でNHKの番組「シリーズ 日本人はなぜ戦争へと向かったのか? 第4回 開戦・リーダーたちの迷走」の主張を、なかなか良い線を行っていると評価しましたが、最後の詰めが不足していると書いたことをもう少し説明します。

NHKの番組が言っていたことは、「当時の日本のリーダー達は政治家も軍人も全て、対米戦争に勝ち目が無いこと、戦争をしてはいけないことを知っていた。しかし国内世論の反発を恐れて、それを言い出す勇気のある人が居なかった。」という結論でした。

この結論は、日本のトップの人たちの勇気の無さを非難するものでした。

しかしこれは中途半端な戦争責任論だ、と私は考えています。

日本の指導者に、「軍国主義的世論を、常識に引き戻すように指導する」という観点が無かったことは事実ですが、そこに問題があるだけではなくて、「何故この時国民世論は好戦的になっていたのか?」ということを掘り下げる必要があります。

この問題に対して、「マスコミが国民を煽ったのだ、国民はマスコミに騙されたのだ」という考えが、今のところ反戦左翼が言っていることだと私は見ていて、これを私はここで批判しています。

このマスコミ批判に対して、マスコミ自体は、「軍部の弾圧があって、やむを得なかったのだ」と言い訳をしているのが、現状です。
朝日とか毎日新聞社などが、時々「戦争責任を検証する」というシリーズを書きますが、言っていることはこの責任逃ればかりです。

こういう自分自身の責任を追及しない責任逃れの反省には、主体性(当事者意識)と言うものがありません。
つまり軍部の弾圧に対して、自分達はどう対応すべきだったのか?という観点が抜けてしまっていて、これでは反省になりません。

マスコミが戦争を煽るような記事を書き続けた原因は、良く考えて見れば、軍部の弾圧ではありません。

弾圧があったことは事実としても、弾圧によって不都合な記事を禁止することは出来るかもしれませんが、戦争を煽る記事を書かせることは出来ません。

マスコミの中に、戦争をしてはいけない、という気持ちがもし少しでもあったのならば、いくら弾圧があっても、あのような戦争を煽る記事が書けるはずがありません。
弾圧に対しては、軍部の禁止する記事を自粛する、というだけで済ますべきでした。

ここに現在のマスコミの反省の不足と誤魔化しがあります。

ということでマスコミが戦争を煽る記事を書いたのは、正確に言えば、軍部の弾圧が原因ではありません。

だからと言って、マスコミに全責任がある、と短絡してはいけません。

マスコミが戦争を煽る記事を書いた本当の理由は、そうしないと売り上げが伸びないからです。

当時戦争を煽れば煽るほど、売り上げが伸びると言うことは、良く知られていたことです。
また戦争に水を差すような記事を書いたのでは、不買運動が起るような世論がありました。

つまり新聞社の利益確保のために、煽り記事を書かざるを得ない状態にあったからです。

現在のマスコミが、ここに切り込めないのは、国民に責任がある、と言っては、国民(視聴者・購買者)から、反感をもたれる、と恐れているからです。

マスコミは読者、視聴者を悪者にすることは絶対に出来ないのです。

そしてマスコミのこの誤魔化しに、国民はまた騙されて、「国民は、本当は戦争は嫌いだった」などという、根拠の無い見方になってしまっています。

「国民には責任が無い」というような現在の世論が蔓延している原因は、マスコミが正しい責任論を書かないからです。

これをまた「国民はマスコミに騙されている」などと責任逃れをするつもりでしょうか?

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [114]
  • 日本人はなぜ戦争へと向かったのか・・・国民の責任

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 3月 7日(月)14時27分17秒
  • 返信
 
昨日のNHKの番組「シリーズ 日本人はなぜ戦争へと向かったのか? 第4回 開戦・リーダーたちの迷走」を見ましたが、なかなか良い番組だった と思いました。

番組が言わんとした事は、「当時のリーダー達は全て、対米戦争に勝ち目が無いこと、戦争をしてはいけないことを知っていた。しかしそれを言い出す人が居なかった。対米譲歩を決断できる人が居なかった。」ということでした。

何故言い出せなかったのかといえば、それを言えば国民の反感を買って、何人かは暗殺されるに違いない雰囲気があると思われたからです。

陸軍は、「海軍が特に戦争をしてはいけないと考えているのだから、海軍がそれを言い出すべきだ」と迫るのですが、海軍にそれを言える人は居ませんでした。

トップが問題を曖昧に先送りしていることを良い事にして、陸軍部隊は満州に50万の兵を送り、それに負けじ、と海軍部隊は仏印進駐を実行してしまいます。

これらは実質、宣戦布告に等しい軍事行動だったのですが、その重要性を誰も意識できず、トップを騙しての、軍部の下部の暴走として実行されたものでした。

軍部の青年将校には、強硬な開戦論者が多かったのですが、これは国民世論の熱烈な支持に支えられたものでした。

日本のトップたちは、国民世論を抑えることが出来ないために、問題を先送りして時間が経ってしまいました、そのうちに事態は、どんどん開戦の方向に流されたものでした。

昨日の番組は、この日本の政治の惨状を、トップの人たちに決断力が無かったのが問題だ、と締めくくったのですが、ここに私は番組の限界を見ました。

ここでさらにもう一歩突っ込んで、Tijinさんが書いているような、疑問を持って欲しかったと残念です。

どうしてこの時、国民は、強硬な軍国主義に陥ってしまっていたのか?

この熱狂を冷ますためにはどうしたら良かったのか?
そういう動きは無かったのか?という問題提起をして欲しかったと思います。


冷静に考えれば、誰もがしてはいけないと解るような戦争なのですから、そのことを、国民に知らせて欲しかった。

日本の政治・軍事のトップが、全員してはいけないと思っている、そのことをどうかして国民に知らせる方法は無かったのか?と言うことです。

そういう役割を荷う人が居なかったことが、最大の問題ではないでしょうか?

国民が狂ってしまってからでは遅い、ということを教訓としなければならないと思います。

今現在、その危険な時に来ているのではないか、と私は心配しています。

現在の日本国民の反中感情は、一体扇動されて出来たものなのでしょうか?

誰が扇動しているのでしょうか?

マスコミに責任があることも事実ですが、そんなことを言っているだけで、国民世論は変わるものでしょうか?

国民そのものを対象に、語り掛けなければ、いけないと私は考えます。



http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [113]
  • 民族意識はどうして起るのか?

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 3月 6日(日)11時29分49秒
  • 返信
 
Tijinさんおはようございます。

Tijinさんの質問に、ご迷惑かと思いますが、私がコメントさせていただきたいと思います。

今までの私の文書を読まれた読者の方には、随分生意気なやつだ、と思われていると自覚していますが、私が言いたいことを、読者の皆様の感情を無視して、解りやすく書こうとするとこんな具合になります、ということでお許しください。

まず①②のような質問(疑問)は、それ自体に問題があります。

この疑問は、人間は生まれながらに好戦的で、闘争心がある、という考えにつながるものです。
戦争を人間の本性に結び付ける考えは間違いだと思います。
日本民族は縄文時代には戦争をしなかった民族で、西洋では約一万年前から戦争をしていますが、日本では約2000年前の弥生時代から戦争が始まりました。
戦争は人類の本姓である、という考えが間違いであることを、日本歴史が証明しています。

人間の本性はどちらかと言えば、戦争が嫌いだと私は考えています。

Tijinさんの③の質問は大変重要な問題ですが、学者や思想家は今まで研究してこなかった問題です。つまり彼らにそういう問題意識が無かった、ということでしょう。

>(Tijinさん)③他国や戦争に対する人間(国民)の知識や意識は何によって獲得するのか?

この質問は、近代国民国家における「民族意識」はどのようにして、出来上がるのか?と書き換えることが出来ると思います。

それは「近代化」ということ全体に関わる問題なのですが、しっかりとこのことを研究した本は無い、と私は思っています。

例えば、現在マスコミは国民の反中国感情を煽る報道ばかりしており、本屋には反中国の本が沢山並んでいます。
現在の国民の中には、確実に反中国感情と言う民族意識が蔓延しています。(中国側にももっと激しい民族感情が盛り上がっているのですが・・・)

これはどうして出来上がったのでしょうか?

これをマスコミが作り出したもので、マスコミに責任を擦り付けて終わりにして良いものでしょうか?

もちろんマスコミは、視聴率を上げるためにこういう偏向報道をしているのですから、国民全体が望んでいるのだということなのです。

世論はマスコミと国民感情の相乗作用によって、出来上がるものだと思います。

それではそのもとの国民感情自体はどうして出来上がるのでしょうか?

それは時代の流れと言う大きなものとしか言いようがありません。

マスコミが国民を騙しているなどとは、到底考えられません。

いわんや資本家が階級利益のために戦争をたくらんでいる、などという論理はとっくに破綻しています。

つまりこの排外的民族意識の高揚という大きな流れを止め、それに伴う戦争への方向を止めるためには、これを意識的に自覚し、批判することしかない、と思うのですが、如何でしょうか?




http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [112]
  • 愚者の自問

  • 投稿者:tijin
  • 投稿日:2011年 3月 3日(木)10時00分11秒
  • 返信
 
①人間(国民)は生まれながら朝鮮や清国、露国を敵とし戦争すべしという意志や戦地に向かう勇気が備わっていたか

②1941年12月8日以降に誕生した人間(国民)は、生まれながら「鬼畜米英」という意識が備わっていたのか

③他国や戦争に対する人間(国民)の知識や意識は何によって獲得するのか

誰か、愚者=私の「自問」にお答えください。

  • [111]
  • 国民の好戦性が戦争を起こした

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 2月28日(月)19時46分30秒
  • 返信
 
私は国民を免罪する次のような見方は戦争を防止しようとする考えを無効にするものと考えて、批判を続けています。

『国民の圧倒的な部分は、戦争、すなわち人が人と殺し合うことを望んでいない。教育され、扇動されて「好戦的」に仕立てられたのです。』


昨日のNHKの、「日本人はなぜ戦争に向かったのか(3)熱狂はこうして作られた」という番組を見ました。
その中で桐生悠々が信濃毎日に書いた軍批判の記事が、弾圧されたいきさつが説明してありました。

しかし良く考えて見ますとこれは弾圧とは言え無いように思えました。

桐生の新聞記事に抗議したのは、信州在郷同士会という民間団体で、その脅しと言うのは、「もしこのような批判を続けるならば、不買運動を起す」というものでした。
新聞社は不買運動をされては、経営が成り立たない、と恐れて、抗議に屈したので、桐生は辞職した、と言うものでした。

これが現在戦前にあった軍部弾圧と言われているものの大部分の実態だと思われます。

まず軍部が組織として、公的に弾圧したものではなくて、民間団体が非公式に(民主的手続きに従って)抗議したものだったということです。
決して武力をもって脅したものではありません。

次の問題は、新聞社は不買運動を恐れて屈した、という点です。

つまり新聞がこのような軍の批判をすることを国民大衆は憎んでいた、ということがあって、不買運動は容易に実行できる環境にあった、と言うことです。

ここから解ることは、軍国的熱狂は国民の側にすでに盛り上がっていて、これを批判するような新聞記事を書いたのでは、新聞が売れなくなる、という現実が先行していた、ということです。

軍国的熱狂は新聞によって作り出されたものではなくて、国民の熱狂が先に出来上がっていて、新聞はこの国民の熱狂に逆らえなかった、ということです。


今回のNHKの放送はこのようなことを推定できる内容だった、と言う意味でかなり良いものだったと私は思っています。

しかし番組を見た人が、私のようには理解できそうには思えない、と言う意味で、かなり不満足なものでした。

しかし私のこの文章を読んでいる読者の人にも、私のこの国民責任論はなかなか理解できないもののようですから、NHKの責任を追及するのは酷というものです。

NHKを批判している人々自身のレベルアップがまず必要だと思います。


http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [110]
  • 騙された責任

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 2月12日(土)22時04分53秒
  • 返信
 
佐高信氏が最近、「騙された責任」と言う本を出しています。
これは、もともとは、伊丹万三氏が戦後まもなく言い始めたことで、それを最近再評価したものです。
騙された国民にも責任がある、という主張です。

つまり『教育され、扇動されて「好戦的」に仕立てられたのです。』という言い方で国民を免罪する論理が、大問題なのです。

しかし私は、それでも生ぬるいと考えます。

国民国家の国民と言うのは、それ自体好戦的だ、ということがどうして理解してもらえないのか?本当に不思議です。

これは戦争を止める時に、誰をターゲットにするか?と言う問題につながります。

戦争を起こす人に反対し、戦争を起こす人を止めなければならない、と考えます。

「国民は扇動された」という論理の人は、現在進んでいる軍国主義化に対して、誰を止めれば良いと考えるのでしょうか?

どこにもそういう張本人は見つかりません。

今、中国を敵視している世論は、一体扇動されたものだというのでしょうか?

中国を敵視してはいけないという相手は国民ではないでしょうか?

本当に戦争を防ぎたいと思ったならば、本当の原因を作っている人を説得しなければならない、と思わないのでしょうか?






http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [109]
  • 人民主権が戦争を起こす

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 1月24日(月)18時57分9秒
  • 返信
 
私は安川寿之輔先生の丸山諭吉批判に感服して、その線に沿って、書いているつもりです。

安川先生の福沢諭吉批判に大変感銘を受けて、国民国家=近代化批判をしているつもりですが、その私の論が反感をもたれると言うことは、安川先生の論が皆さんには良く理解されていないのではないか、と言う気がします。

安川先生の福沢諭吉批判は、「日本近代化の父は同時に軍国主義の父だ」という考えです。
福沢諭吉の近代化の功績は、同時に軍国主義の責任者でもある、と言うことです。

自由民権運動と言うものも、近代化を進めた功績はありますが、同時にアジア侵略の責任者でもある、と言うことです。
板垣退助、大井憲太郎が過激な侵略主義者だったことは有名です。

吉野作造も民本主義で有名ですが、「内に民本、外に対しては帝国主義」として有名です。

要するに近代化とは、人民主権=国民国家のことで、それは必ず外に対する侵略を伴っていた、というのが、安川先生の福沢批判でした。

丸山真男氏は軍国主義でなかったことは明らかですが、近代主義者の丸山氏は、福沢諭吉の民主主義の面だけしか見ることが出来ず、軍国主義の面を見落としている、という欠陥があった、というのが、安川先生の丸山諭吉論なのです。

人民主権という考えは、必然的に軍国主義を伴っている、というのが安川氏の論であり、それに沿って、私は国民国家批判、人民主権批判、近代化批判を行なっているのですが、この論理はわかってもらえないでしょうか?

人民主権の国民国家になって、戦争は総力戦の時代に突入するのであって、そういう近代国家では戦争を起こしたその原動力は人民にある、ということを是非理解して欲しいと思います。



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  • [108]
  • Re: 日本国民の責任 (2)

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 1月24日(月)12時16分2秒
  • 返信
 
Tijinさん コメント有難うございます。

>(Tijinさん)小林さんが、二度と戦争は起こさない、起こさせないという立場にたっておられることを前提に、・・・・

お互いにこのことで、目的が一致している、という前提で書いております。

さて今後の日本で、戦争を起こさないためには、戦争の原因を探求する必要がある、という発想です。

何事によらず、その望ましく無いことを防止するためには、その原因を無くさなければならないからです。

私の国民責任論はそこに重点があります。

そこで以下では、Tijinさんの責任論を、「軍部などに責任がある」と要約して論を進めます。

このTijinさんの責任論で、戦争を防止する方策はどういうものか?と言うことに成ります。
軍部が悪い、とした時には、それは軍隊(自衛隊)を廃止すべし、という論なのか、軍隊の運営方法を改善すべしということなのか?いろいろと考えるべき事が多いと思います。

そういう議論をどんどんすべきだと思っているのですが、護憲側にそういうプランの提示、議論の深化が無いことを残念に思っています。

私はTijinさんの軍部責任論も、正しいと思っているのですが、一つ重要な責任論が欠けている、それが国民責任論だと思っています。

戦争に反対する側の人たちも、国民全体の責任と言うことに何故かアレルギーがあるように思えるので、私としてはここを強調しているのです。


また反戦派の人々が、私の国民責任論に反対するのは、自分自身の責任を回避して、他人に責任を押し付ける態度になる、と言う意味でもまずいと考えます。

またもう一つ、現在日本国民の間で、反中国感情、民族感情が高まっていますが、これを誰かの陰謀のように考えては現状を見誤ると考えます。

この反中国感情は、国民の中から、湧き上がってきているものだ、ということを自覚しなければ抑えることは出来ないと考えるからです。


http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [107]
  • Re: 日本国民の責任

  • 投稿者:tijin
  • 投稿日:2011年 1月23日(日)14時41分51秒
  • 返信
 
日常に追われへんじがおそくなってすみません。
小林さんが、二度と戦争は起こさない起こさせない
という立場にたっておられることを前提に、
いくつか述べてみたいと思います。

「戦争を起こした責任」(「原動力)がマスコミにあるのか
国民にあるのかというところに議論の焦点があるのでしょうか。
少なくとも私はそういうような問題の立て方はしていません。
そういう問題の立て方では、天皇制、政府、軍部、政商・死の商人、
皇国教育、弾圧立法・・・戦争の動機や原動力となった、
これらの要素が抜け落ちてしまうのではないでしょうか。

戦争を推進し、勝ち抜くためには国民を兵として動員すること
抜きにはありえません。戦争推進勢力は、そのために、
国民を教育し、マスコミを使い、戦争反対を唱える国民や運動を
弾圧してきたのではないでしょうか。私は国民の圧倒的な部分は、
戦争、すなわち人が人と殺し合うことを望んでいない。
それは万葉の時代もいまも同じではないでしょうか。
教育され、扇動されて「好戦的」に仕立てられたのです。
国民は日清戦争以来、血のにじむような体験を通じて、
あるいは先人から聞かされて、賢くなり、騙されなく
なってきていると思っています。

マスコミについては、権力との癒着、利益追求
(広告収入が大きい)の企業としての性格などとともに、
一人ひとりの記者の知的営為(良心的記者)なども含め
多面的に見ることが大事ではないでしょうか。
大衆迎合の問題もその中に位置づけて考えることが必要と思います。

識字率については、住所・氏名が書けるという意味では、
西南戦争の頃で64%ぐらいありましたが、新聞の論説を
解読できるものは2.6%程度という統計があります。
(それも全国統計はなく、1地域)

  • [106]
  • 日本国民の責任

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 1月13日(木)22時19分21秒
  • 返信
 
Tijinさん コメント有難うございます。

現在、私と皆さんとの議論の焦点は、戦争を起こした責任は、「マスコミにあるのか?」「国民にあるのか?」という点にあります。

私も勿論マスコミの責任が重大だと考えています。

しかしそこで止まっていては、戦争を防止する思想としては弱いと言う主張です。

マスコミが世論を操作しているように見えますが、私に言わせると世論に迎合しているにすぎません。

戦争を起こす原動力はあくまでも「日本国民」にあります。

それが民主主義の原則です。

国民の好戦的意識が変わらない限り、マスコミが変わることは出来ません。

これは鶏卵論争に近いのですが、日本の思想界が国民の責任を決して言わないので、私はこちらの方を強調しています。

現在日本国内では、中国敵視の世論が沸きあがっていますが、これをマスコミの操作と見ては間違いです。

捜査と言うためには、その捜査の震源地を指摘しなければならないのですが、誰もそれを指摘出来ていません。


中国敵視の世論は、国民の中から沸きあがっているのであって、誰かが作り出したものでは有りません。

現在の日本をこのように見ることが出来れば、日露戦争の時の世論についても、同じ事情があったと解ると思います。

当時は識字率が低かったと書いてありますが、日本人の識字率は江戸時代から非常に高かったことは有名です。

世論と言うのは、どこから発生するか?ということを考えれば、十分な程度の識字率があったと考えます。

皆さんは、何故私の国民責任説に反対するのか、私には理解できません。

皆さんには「総力戦の時代」と言うことを是非理解して欲しいと思います。

近代=人民主権=国民皆兵=総力戦の時代=戦争の世紀の到来=けた違いの戦死者数


という世界史から、日本の現象を見て欲しいと思います。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [105]
  • 戦争・国家・国民

  • 投稿者:tijinメール
  • 投稿日:2011年 1月13日(木)09時50分12秒
  • 返信
 
「坂の上の雲」は、日露戦争は、新聞や国民が煽った、政府は、抑制的であったという立場で書かれている。しかし、当時は新聞といっても今のように大部数はないし、国民の識字率も低かった。そこは、現在のように識字率も高く、大衆的雑誌、ラジオ、テレビの発達している時代とは違う。マスコミが「煽る」という点ではいまの方が怖い。

①したがって、当時は、新聞だけではなく、教育(学校だけでなく、部落・家庭)・教育を受け字も読める人からの言い伝えなどが大きな影響を与えたと思う。政府はそういうものすべてを動員して国民の「戦意」を高めたのではないか。「坂の上の雲」ではそういう視点が無く、単純に前述したようにとらえている。

②「・・・雲」はまた、太平洋戦争は悪かったが日露戦争は良かったという視点で書かれている。それは、戦争のやり方、指導者の優劣から論じられている。これで行くと勝ったから良かった、負けたから悪いということにならざるを得ない。

③現在の圧倒的多くの国民は、悲惨な太平洋戦争体験を経て、戦争に「良い、悪い」はないという考えだと思う。だから戦争放棄・戦力不保持をうたっている憲法9条改憲反対が多数を維持しているし、戦後60数年にわたって他国民と「殺し合う」ことをしないで来たのではないか。

④司馬氏も太平洋戦争体験者だが、その視点が「・・・雲」にはない。司馬氏は、史観は歴史を掘り当てる「土木機械」だといっている。だから私は少なくとも作品を書く上で氏には一貫した史観は持たず、作品ごとに有用な「土木機械」のようにいろんな史観を駆使するという立場だと考えている。
「司馬史観」と一般化して論じるのではなく、「・・・雲」に沿って、そこで書かれている日露戦争の見方、明治時代の見方を批判する必要があると思う。

④いま、マスコミ、とりわけテレビや大新聞の社説を見ていると、自衛隊の海外派兵や憲法問題など、変な方向へ持って行きかねない危惧を感じる。NHKが司馬氏の「遺言」を無視する形でドラマ化したのもその流れに重なる。その背後には、安倍晋三氏や故中川昭一氏らのグループの後押しがあった。彼らは、明治は良かった、日露戦争は良かったということによって、日本を再び「戦争する国」へ持って行こうという立場である。
 後世の人たちから「国民が望んでいた」などと言われないためにも、この点をおさえて「・・・雲」に書かれている日露戦争論や明治観を批判していくことが大事だと思う。

⑤小林さんの議論と私は少し違うように思う。とくに「国民が戦争を望んでいた」という部分はもう少し掘り下げて欲しい。(もちろん小林さんが再び戦争をやらせない、という立場であることを理解していることを前提に)。「・・・雲」には欠落している、政府が国民をどのように戦争へ導こうとしたかという問題。それは新聞(当時はマスコミという状況ではなかった)の利用も含めて。

以上述べてきたことに関連して、「司馬遼太郎『坂の上の雲』なぜ映像化を拒んだか」(牧俊太郎)やそこに紹介されている「明治・大正・昭和軍隊マニュアル」(一ノ瀬俊也)などの一読をおすすめしたい。





  • [104]
  • 司馬史観批判の現状

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 1月 7日(金)09時37分14秒
  • 返信
 
司馬史観批判という観点は、世の中に相当普及したようですが、その具体論である、「日露戦争は自衛戦争ではない」、という考えは、あまり深まっていないように思えます。

あの当時の国民が、何故日露戦争を正しい戦争だ、と思い、そしてその考えを今の日本の大衆は今でも信じ続けているのか?ということの分析が進んでいない、と思われます。

さて私は、この掲示板で「国民が日露戦争を起した」という考えを書きましたが、それに対して、それはマスコミの情報操作があったからだ、という反論がありました。
情報操作があったとしても、いずれにしろ国民が戦争を望んだ!ということに違いは無い、ということは、すでに書きました。

日本人が当時も今も、日露戦争を正しいと考えている現象を、すべてマスコミのせいにして、済ませてはいけない、というのが私の趣旨です。

司馬史観批判がここで止まってしまっては、いけないというのが、私の言いたいことです。

それはマスコミというものについての、認識の違いです。

マスコミというものは、利益追求を目的とした、企業であって、読者、視聴者の人気を得ることが至上命令の組織です。

大衆の意向に反することは絶対に書けないだけでなく、企業存続のためには大衆に迎合することが、当然の組織です。

マスコミが好戦的で、戦争を煽る、という現象が見られるのは、大衆がそういう記事を好むということなのです。

それはマスコミ人なら常識だと思います。
そういう大衆の動向は、販売数や視聴率に実に敏感に表れるからです。

結論として、戦争反対論を述べるときの相手は、マスコミよりもむしろ日本国民全体だ、と考えるべきだというのが、私の言いたいことです。




http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [103]
  • 作家と作品、歴史認識

  • 投稿者:tarokanja
  • 投稿日:2011年 1月 4日(火)23時36分44秒
  • 返信
 
私は、司馬さんの小説をほとんど読んでおりません。
好きになれない作家だからです。
しかし、作品を評価する場合は、作家への好き嫌いを離れて、
一つ一つの作品を個別に評価すべきだと思っています。
また作家も人間です。成長も変化もあれば挫折も後退も堕落もあります。
私が、司馬作品評価に接していてよく思うのは、
「あばたもえくぼ」式で司馬作品なら何でもよしというもの、
逆に「坊主にくけりゃ袈裟までにくい」式のものもあります。
私はその両方とも首肯できません。個人がそう思うのは自由なんですが、
不特定多数に読ませるとき、聞かせる場合はその個人的感情を抑え、
冷静に作品や作家評価をやるべきだと考えてます。
その立場からすると、司馬作品には、いくつか好きな作品がありますが、
それは歴史小説です。しかし『坂の上の雲』だけ(あくまでも作品)は
歴史認識という点でも戦争への向き合い方という点でも絶対看過できません。
氏が多くの幅広いファンを持っているだけにきちんと評価、批判しておくべきだ
と考えてこの掲示板も時折参加させてもらっています。
その際も最初に述べましたような、スタンスを保つことが大事と考えています。
私は、あの作品を戦争をかっこいいものとしたり、再び日本を戦争に参加させよう
として利用する者こそが「敵」だと考えています。「敵」はそれ以外無いと考えています。

  • [102]
  • 軽薄左翼批判・・・佐高信批判

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 1月 3日(月)10時56分36秒
  • 返信
 
私がここで司馬氏弁護のような考えを書いているのは、司馬氏を批判することで自分が偉くなったように思っている軽薄左翼を批判するためです。

その代表が佐高信氏で、彼は「司馬氏は下らん。小説も下らん。」と公言しています

実は、私は司馬氏を国民作家として尊敬していて、その小説も皆素晴らしく、また面白いと感服しています。

その司馬氏をこき下ろされて、心穏やかでは有りません。

日露戦争を礼賛している日本国民が全てなっていないのが問題なのに、それを司馬氏の個人的な欠陥に結びつけるというのは、何とも短絡的だと思います。

司馬小説の面白さがわからないような人に文学を語って欲しくない、と思います。

国民作家を下らんという人は、自分をよっぽど偉いと思っているように聞こえます。

これだけの数量が売れている作品には、庶民の琴線に触れる要素が沢山あるからに違い有りません。

そういう庶民感覚が無くて、それが理解できない人には、時代を語る資格は無い、と思われます。





http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [101]
  • 歴史を複眼で見る

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 1月 3日(月)10時19分58秒
  • 返信
 
Tarokanjaさん コメント有難うございます。

Tarokanjaさんは実に良い事を書いてくれました。

私の言いたかったことが、自分で整理がつきました。

司馬氏は日露戦争を当時の眼で見て、それをそのまま表現したのだと思います。

ところが我々は現在の眼でみることが出来ます。

ロシアが実は日本の要求を受け入れて、戦争を避けようとしていたという証拠の文章が五年前に発見されて、随分見る目が変わりました。


しかしそのことは、司馬氏は知ることが出来なかったのですから、司馬氏個人をあまり責めるのは酷だ、と私は思っています。

さらに言えば、当時のロシアの考えが解ってきたにもかかわらず、日本の歴史学者に殆ど変化が起っておらず、相変わらず日露戦争礼賛の世論が横行していることに、私は危機感を抱いています。

その原因が、安川氏をはじめ日露戦争批判派の側が、司馬氏に対する個人批判で仕事を終わったと思っていることにある、と私は考えています。

司馬氏の間違いを追及することではなくて、日露戦争の間違いを追求する学問が必要だ、というのが私の趣旨です。

歴史を複眼で見る時の、その内の現代の目の発展の方が遅れている、と私は指摘しています。



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  • [100]
  • 歴史を見る眼について

  • 投稿者:tarokanja
  • 投稿日:2011年 1月 2日(日)17時54分2秒
  • 返信
 
 小林さんと管理人さんの議論にかみ合うかどうか心配しながら、
表題のような角度から私見を述べさせていただきます。

 私は、これまでの歴史を見ていて思うのですが、いつの時代も
権力の側は、教育や宣伝によって、国民を「順化」し、
多数の世論を獲得してきたと思っています。
 日清・日露戦争でもそのことなしに、史上初めての大規模な海外戦争に
国民を動員できなかったし、戦争に「勝利」出来なかったと思います。
 また、歴史資料として残っているのは圧倒的に、その時代の体制側のものであり、
批判・抵抗した人びと・集団の営みや資料は少なく、歴史の奥底に眠っているのが
常ではないでしょうか。

したがって、歴史を扱ったり、見るものにとっては、よほど目をこらさないと、
結果としてその時代の権力の側、それに「純化」された人びとの眼で歴史を再構成
してしまいがちです。

現在の地点は、歴史の時代と比べて、大きく進歩発展していると思います。
それは世界の流れとともに、過去の批判・抵抗が力になっています。
権力の側の教育や宣伝、それに国民が影響されたことも「歴史の事実」として、
きちんと押さえるとともに、この進歩発展、現在の人類史的到達点、
すなわち現在の眼で歴史を見ないと埋もれた資料も掘り起こせないし、
歴史の表面をなぞるだけになってしまうと思います。
 私は井口先生の言われているのは以上の趣旨からだと考えます。

 なお、司馬遼太郎氏は、映像化を拒み続けた理由を軍国主義鼓吹しているとの
誤解を生むからとしていました。それ以上のことは語っていませんが、
彼の晩年の戦争する「普通の国」論批判や憲法9条擁護の発言が、
ともかくも終生映像化を拒否し続けたことと無関係ではないと思います。
そこに、彼の『坂の上の雲』への反省があり、その背景に
「現在の眼」があるのではないでしょうか。司馬氏は少なくとも、
「坂の上の雲」は晩年の「現在の眼」で書いていないし、
むしろ「現在の眼」を否定しています。(あとがきなど)







> 管理人さんは『「開戦世論」が情報操作によって作られた。』のだから、私の書いていることは間違いだ、と言いたいようですが、この論理が理解できません。
> 情報操作によってかもしれませんが、結局、世論は圧倒的に戦争を望むことになったことに違いは無いのではないでしょうか?
>
> とすれば司馬氏がそれを描いたことは、事実をそのまま的確に描いた、ということだといえます。
>
> 司馬氏は国民が間違ったことをそのまま気がつかないで、書いたと言えます。
>
> 「日本国家の間違いに気がつかなかった」ということに私も不満を持っていますが、気がつかない、という点では現在の日本国民も同様であり、そちらの方が重要だと考えます。
>
> 司馬氏個人を批判するのではなくて、あくまでも日本近代そのものを批判するべきだ、というのが私の趣旨です。
>
>
>

  • [99]
  • 国民が日露戦争を起した(2)

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 1月 2日(日)15時39分34秒
  • 返信
 
>97

管理人殿

管理人さんは『「開戦世論」が情報操作によって作られた。』のだから、私の書いていることは間違いだ、と言いたいようですが、この論理が理解できません。
情報操作によってかもしれませんが、結局、世論は圧倒的に戦争を望むことになったことに違いは無いのではないでしょうか?

とすれば司馬氏がそれを描いたことは、事実をそのまま的確に描いた、ということだといえます。

司馬氏は国民が間違ったことをそのまま気がつかないで、書いたと言えます。

「日本国家の間違いに気がつかなかった」ということに私も不満を持っていますが、気がつかない、という点では現在の日本国民も同様であり、そちらの方が重要だと考えます。

司馬氏個人を批判するのではなくて、あくまでも日本近代そのものを批判するべきだ、というのが私の趣旨です。



http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [98]
  • NHKドラマ第2部視聴率

  • 投稿者:tarokanja
  • 投稿日:2010年12月31日(金)00時46分12秒
  • 返信
 
NHKドラマ「坂の上の雲」第2部の視聴率は次の通りでした。
6回:14・7% 第7回:15・0 第8回:14・7 第9回:9・7
平均:13・5。

昨年の第1部の最高が19・6、最低が12・9 平均が17・5でした。
したがって、最高は4・6、最低が3・2、平均で4・0の落ち込みです。
最低がいずれも最終回というのも、このドラマに対する視聴者の評価として
注目すべきことです。盛り下がっていく。

やはり原作そのものが持つ軍記的性格、原作者が映像化すると「ミリタリズムを鼓吹している」との誤解を受けると危惧した内容が反映している。ファンのブログなど見ると、「戦闘場面に迫力がない」とか「広瀬の死に感動した」とかが目立ち、原作者の危惧が当たっている。
 しかし、ドラマとしても失敗である。内容を別としても引っ張る力がない。ファンのブログでもそれを示す指摘が随所に出ている。あれほどのキャスト投入し、あれほどの宣伝、制作費を使いながらである。

NHKは厳しい自己検討をすべきである。一つは原作者のドラマ化ノーの理由・遺言も含め内容面から、
もう一つは、費用対効果の面から。制作費の大半は、受信料である。

  • [97]
  • 小林哲夫さまRe: 国民が日露戦争を起した

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2010年12月27日(月)22時16分27秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>96
小林哲夫さま
私の説明不足により誤解を与えてしまったようです。

>>国民は、本当は日露戦争に反対だった、という見方....

井口氏はそのような論旨ではありません。「開戦世論」が情報操作によって作られた。という主旨です。
http://www.youtube.com/watch?v=WkB4nj1RTK0

の7分30秒から井口氏の講演動画がありますのでもう一度確認してください。

次に違和感を覚えるのが「当時の国民は正しい戦争...」「国民は本当はどう考えていたのか?」等の「国民」という言葉です。
以下は大まかなとらえ方ですが。
>>当時の国民は正しい戦争(自衛戦争)と思って戦った。つまり国民は積極的に戦争を望んだ。
ーー世論は常に支配者によって作られるものでしょう。明治政府は英国により、国民は政府に誘導されていった。
現在も同じですが、一般国民は日々の生活に追われ「政治」などまともに考えている時間はありません。ロシア、朝鮮、清国の「暴虐」「反日」のみを大々的に喧伝されるなかで世論の収束先は明らかです。世論誘導を拒否するためには相当な勉強をしなければならず、従って(特に当時は)「反戦論」は少数です。

司馬がこの世論調査の結果のみを書きしるすならばそれは「的確」でしょう。そうではなく彼はこの世論調査の結果を正当化するため「日本人が一致団結して自主的に考えて決断した」かのように、都合のいいことのみピックアップして書くから「的確」でないと考えるわけです。

http://kakaue.blog107.fc2.com/blog-entry-15.html


  • [96]
  • 国民が日露戦争を起した

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年12月27日(月)11時04分45秒
  • 返信
 
論旨を整理しますと

1、実際は「日露戦争は間違った戦争だった」。
2、しかし当時の国民は正しい戦争(自衛戦争)と思って戦った。
  つまり国民は積極的に戦争を望んだ。
  戦争を起こした責任は国民にある。
3、司馬氏はそういう国民世論を正確に表現した。

というのが私の主張です。

この主張に対する反論は、2の部分の歴史認識に間違いがある、と言うものになります。
実際は「国民は本当は戦争をしたくなかった」という反論です。
つまり国民は本当はどう考えていたのか?という問題です。


今回のTVドラマで描かれた、ロシア皇帝の「戦争を避けるべし!」という命令から考えて見ます。

この命令の背景は、要するにロシアは朝鮮を必要としていなかったから、日本にこの点で譲歩しても良い、という判断があります。

何故朝鮮を必要としないかといえば、朝鮮から得るものは無くて、害の方が大きい、と判断したからです。
にもかかわらず極東総督の一存でこの命令は握りつぶされて、戦争になりました。
ロシアは全く意味の無い戦争をした、ということになります。

一方ロシアにとって意味の無い戦争は、日本にとっても意味の無い戦争だったということが重要です。

日本にもう少し、戦争を回避したい気持ちがあったなら、つまり早まって戦争を始めなければ、この戦争はしなくて済んだという意味で、不要な戦争を戦ったことになります。

しかしもっと深く背景を考察する必要があります。

ロシアにとって朝鮮は必要が無かった、ということは、日本にとっても朝鮮は必要無かったにちがいありません。

途中を端折れば、私は朝鮮を植民地にして、日本は何も得るところが無く、経済的な面も含めて、大損をした、と考えています。

ところがこういう「過去の植民地主義の採算の見直し」が日本でも行われていません。

現在の日本人も、「当時の日本人は儲けるために戦争をして、植民地を持ち、そして植民地を搾取して儲けた」と思っています。

「日露戦争に勝って日本は発展できたのだ」という認識がある限り、日露戦争は正しかった、という司馬史観は克服できないと思います。

現在巷に溢れている、坂の上の雲の解説書には、我々のような日露戦争批判は一つも無いことを考えると、国民は今でも圧倒的に日露戦争は正しかった、と思っていることは確実です。

これは司馬氏の見方が、国民世論を的確に表現したことの証明になります。

国民は、本当は日露戦争に反対だった、という見方こそ、歴史の偽造だと思います。





http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [95]
  • ロシア皇帝の避戦の決意

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年12月25日(土)17時20分13秒
  • 返信
 
坂の上の雲TVドラマの日露開戦篇で、ロシア皇帝が避戦の指示を出したにもかかわらず、極東総督アレクセーエフに途中で握りつぶされて、その意思は日本に伝わらなかったという場面が挿入されていました。

つまりロシアの方は戦争をする気が無かったのに、日本が勇み足で戦争に踏み切ったということが描かれていました。

これは原作には無く、今回のドラマに付け加えられた日露戦争解釈です。

こういう場面が加えられたのは、まさに司馬史観批判を行なってきた皆様の努力の結果と思います。

管理人殿
丁寧な批判を有難うございます。
重要な点ですので、少し考えてから、反論を投稿しますので、よろしくお願いいたします。

しかし管理人殿の論旨では、日露戦争を行なった近代日本についての批判にはならないことになる、という気がします。
司馬氏の誤解に止めてはならないというのが、私の趣旨です。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [94]
  • Re: 中村政則教授批判

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2010年12月24日(金)20時48分18秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>93
管理人です。
小林哲夫さま
いつも貴重な投稿ありがとうございます。
ひとつ気になったところがあります。
>>「ロシア脅威論」「祖国防衛戦争論」は、当時の日本人の国民感情であって、司馬氏はこれを的確に表現したものです。
「的確に表現した」といえるかどうかです。
新刊案内 「これだけは知っておきたい日露戦争の真実」(高文研)
http://kgcoms.cocolog-nifty.com/jp/2010/11/post-9899.html
の(24-25ページ)を
http://kakaue.web.fc2.com/doc/freedom.html  にUPしましたが、
当時の日本では英国の『タイムズ』、「ロイター通信」情報しか入らず、英米の「お雇い外国人」から吹き込まれる「ロシア脅威論」にのめり込んでいく様子が分かります。
Japan's Fight for Freedom” なんとも皮肉な題字ではありませんか。
”日本は英国の手のひらの中で踊らされている”とフランスのジャーナリストはみていました。
また
http://kgcoms.cocolog-nifty.com/jp/2010/12/22-e887.html
の4ページに井口 和起氏の講演を載せましたが、その中で
──────────────────────────────────────
Ⅲ 「開戦世論」はどのように作られたか?
★新聞の責任は大きい。
「萬朝報」(1903.10.19.社説)は「事実の報道よりも寧ろ人を驚かすことを貴しとする傾向あり、人を驚かしむるが如き事実の欠乏せる場合には、これを製造して報道す」と書き、新聞の実態を自覚していた。
しかし、「萬朝報」もロシア「脅威論」に巻き込まれ、「開戦論」に転じた。他の各紙も同様。
★世論操作の形跡
「我が国民の多数は戦争を欲せざりしは真実なり、政府が最初七博士をして露国討伐論を唱へしめ又対露同志会などを組織せしめて頻りに強硬論を唱へしめたるは、斯して以て露国を威圧し、因て以て日露協商を成立せしめんと企てるも、意外にも開戦に至らざるを得ざる行掛(ゆきがかり)を生じたるものの如し。」(「原敬日記」明治37.2.11)…「開戦とならば国民は無論に一致すべきも、今の情況にては国民の多数は心に平和を望むも之を口外するものなく、元老と雖も皆然るが如くなれば、少数の論者を除くの外は内心戦争を好まずして而して実際には戦争に日々近寄るものの如し」(「原敬日記」明治37.2.5)
Ⅳ 国民は本当に「国難」だと思っていたのか?
我々は、開戦前と開戦後をきちんと分けて、それぞれに議論を立てていかなければ、祖国防衛戦争論の泥沼に陥ってしまう。
──────────────────────────────────────
と指摘しています。
もちろん司馬の時代では現在ほど解明されていなかったことは事実ですが、私は「坂の上の雲」は司馬がいう「鳥瞰的」に明治を書きしるしたものでは決してなく、当時の彼の周辺(産経新聞や文藝春秋の友人)の期待に応えるべく、「新しい歴史観」を提示するために書かれたものと考えます。
「新しい歴史観」という崇高な目的のためには、都合のいい事実のみをピックアップすることに何ら矛盾を感じなかったのではないか?というのは私の推測です。

http://


  • [93]
  • 中村政則教授批判

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年12月16日(木)11時40分35秒
  • 返信
 
サンデー毎日11月28日号に「坂の上の雲からみる平成ニッポン」と言う記事があって、我々が言っていることに近いことが書いてあるので驚きました。

「ロシア脅威論は誇張だった」という見出しで、坂の上の雲にある「日露戦争は祖国防衛戦争だった」という史観は間違いだと書いています。

それを一橋大の中村政則名誉教授は、「司馬氏の事実誤認」だと言って、司馬史観を批判していると書いてありました。

サンデー毎日がこのような見方で記事を書いていることに敬意を表しますが、中村教授の司馬批判には、私は不満です。


「ロシア脅威論」「祖国防衛戦争論」は、当時の日本人の国民感情であって、司馬氏はこれを的確に表現したものです。
司馬氏の誤認を指摘するだけでは、歴史認識として不合格です。
つまりロシアを脅威と感じたのは、日本国民全体であって、司馬氏を批判するだけで済ませられることでは有りません。

それは現在の日本国民の大部分がそのロシア脅威論を今でも信じていることを見落とすことにつながります。

そしてそれだけに留まらず、現在の日本国民の中国脅威論と同じ性質だということを見落とすことになります。

日本の現在の馬鹿げた中国脅威論という狂騒ぶりを批判することが急務なのに、その批判に、なんの役にも立たない単なる歴史評論に終わってしまいます。

日本国民は世界のことについては、全くの井の中の蛙であって、の国際関係音痴であることを、知らせるために利用するべきなのです。

私としては、現在普及しつつある司馬史観批判に、もう一歩、深みを求めるものです。


http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [92]
  • 闘うべき相手は、「司馬史観」か?

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年12月12日(日)09時37分8秒
  • 返信
 
「アジア侵略思想のルーツ」という本に、『闘うべき相手は、「司馬史観」』ということが、書いてありました。

私はその趣旨には概ね賛成ですが、厳密に言えば闘う相手は、司馬史観ではない、と思います。

司馬氏は日本の近代と言うものを忠実に描いたのであって、そのありのままの近代をそのまま礼賛した点に間違いがあると私も思うのですが、間違いはむしろ日本の近代そのものにある、ということを忘れてはいけないと思います。

戦う相手は、日本近代という時代であって、司馬氏ではない、と思います。

日本近代のどこが間違っていたのか?という思想が出来ていないことに問題があると思います。



  • [91]
  • 「龍馬伝」を見ての感想

  • 投稿者:龍馬ファンメール
  • 投稿日:2010年11月28日(日)21時44分3秒
  • 返信
 
 「龍馬伝」放映に関し一言」(「龍馬伝」の意見投稿欄が無いため、ここに投稿させてもらいます。)
本日、龍馬伝終了。NHKスタッフ、制作関係者の皆様、大変お疲れ様でした。
しかしながら内容は全く期待外れでした。いや、龍馬のイメージダウンでした。
内容(脚本)はもちろん、何とかのサムライを真似たのか、ただむやみやたらにほこりをたて、泣く場面でもなく泣き、視聴者に感動無し。岩崎弥太郎さんの子孫は怒っていませんかね。最終回も全く感動無し。
いつの日か、改めて朝ドラの「てっぱん」又は「坂之上の雲」のような監督に変えて、新たに龍馬の大河ドラマを放送してくれることを期待します。」

  • [89]
  • 情報です

  • 投稿者:tarokanjaメール
  • 投稿日:2010年11月18日(木)20時07分20秒
  • 返信
 
『サンデー毎日』11.28増大号が「再考『司馬史観』」「『坂の上の雲』から見るニッポン」という企画記事を掲載しています。よいしょ的週刊誌が多いなかでNHKドラマ『坂の上の雲』を批判的にとらえた好企画です。中塚明先生・中村政則先生らも登場させています。

  • [88]
  • シンポジウム参加の感想

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年11月15日(月)18時33分23秒
  • 返信
 
この掲示板で見たシンポジウムに参加しました。
中国・韓国の先生が参加された素晴らしい会でした。
その感想を次のようにまとめましたので、掲載します。


近代化(国民国家になること)という現象は世界歴史の趨勢であって、遅かれ早かれ全ての国で実現することだ、と考えます。
英・仏は革命によって近代化し、アメリカは独立戦争によって近代化し、ドイツ、日本、イタリーは1880年前後に近代化しました。
それに対して、中国・韓国・インド・台湾・香港・シンガポールなどは戦後に近代化しました。
英国に始まる世界の国々の近代化を大雑把に見て見ますと、まず外圧があって民族意識が形成され、革命が起り、独裁政治を経て、産業が発達し、それと同時に海外侵略を始める、という共通の現象が見られます。
日本の近代化もこの世界共通の道を通ったもので、司馬小説はこの時代の気分を的確に描いたものと考えられます。
近代化(国民国家の形成)という現象は、強い軍隊を作るために人民主権が不可欠と考えたことから始まり、ほとんど必ず対外侵略へと進みます。
しかし近代化した国は必ず好戦的国家になるからといって、国民国家それ自体を否定すると言うような短絡的思考は無効であって、近代化に伴う戦争という弊害だけを注意深く避ける、と言う知恵が必要だと私は考えます。
例えば現在の日本で、坂の上の雲が高視聴率で放映されていると言うことは、日本の排外的民族主義がまた高揚している、と見ることが出来ますが、だからと言って国民国家を越えなければならない(例;西川長夫氏)などと言っていても始まらない、という意味です。
日本の排外的民族主義の高揚を何とか防ぐような具体的な思想と行動が必要だ、と考えます。

そのための一歩として、日清・日露戦争をどうしたら避けることが出来たか?という司馬史観批判の歴史学の発達を期待しております。

こういう考えに基づいて、今回のシンポジウムの今後の発展についての私の希望を述べます。

私の「近代化は世界史の趨勢」という見方を中国・韓国に当てはめますと、これらの国が今や近代化の真っ最中にあると言えます。
ここで近代化というのは、人民主権のことであり、民族意識の高揚と言う現象のことです。
司馬小説で描かれたような時代の気分が、今中国・韓国の国民の中に濃厚に見られます。
両国に見られるこのような排外的民族主義は、日本近代の侵略と同様大変危険な要素を持っており、それへの反応として日本人の反中、反韓感情も高まるという悪循環が始まっています。
日本近代の間違った歴史を教訓に中国・韓国の近代化がその過ちを繰り返さないために、司馬小説をしっかりと批判的に読むことが役に立つと思います。
是非このような観点で、日本の近代化を司馬史観を反面教師として、中国・韓国の人々と一緒に批判するような場が持てたらと期待しております。

以上

  • [87]
  • 司馬遼太郎に関してのシンポ

  • 投稿者:ichigekiメール
  • 投稿日:2010年10月29日(金)02時44分29秒
  • 返信
 
はじめまして、こんばんは。

こちらのサイトにも関係する司馬遼太郎氏に関しての国際的シンポジウムが11月13日に早稲田大学戸山キャンパスでおこなわれるということなのでお知らせします。

国際シンポジウム+研究発表+講演集会 越境する歴史×時代小説 ――ジャンルの混交、研究のグローバル化――
会場:早稲田大学戸山キャンパス33-2号館2階 第一会議室
日時:2010年11月13日(土)
10:00~17:30(9:30開場 閉会後に懇親会)
参加費無料 予約不要
総合司会:高橋敏夫(早稲田大学)
(中略)
第三部(15時30分~17時30分)」:シンポジウム「外と内からの司馬遼太郎文学の批判的再検討」

関立丹(北京語言大学)
王志松(北京師範大学)
チョ・ヨンイル(韓国・評論家)
成田龍一(日本女子大学)
佐高信(評論家)

司会:高橋敏夫

(後略)
http://j-lit-cul.com/data/project/project_g00.html

あの、司馬遼太郎には辛口ですが福沢諭吉には大甘口の佐高信先生が参加されていることが注目されます。

http://ameblo.jp/sataka/


  • [86]
  • 「龍馬伝」でこのような会あるんでしょうか?

  • 投稿者:磯野鱧男
  • 投稿日:2010年 9月28日(火)08時27分50秒
  • 返信
 
国民的作家といわれる司馬。このような会がないと日本も民主主義国家ではないでしょうね。『龍馬伝』も一応は司馬遼太郎原作だったと思うのですが……。司馬遼太郎も人間だなと思っています。間違えますし、資料によってかわりますね。『竜馬がゆく』で資料は3トンのトラックいっぱいだったとか? ボクはまだ200冊程度ですが、3トンの資料の目録はあるのでしょうか? 読んでみたいものです。(笑)

  • [85]
  • Re: 佐高氏批判

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2010年 9月23日(木)20時11分9秒
  • 返信
 
>>84
> 週刊金曜日9月19日号風速計「敵から見たら」欄で、佐高氏は安川氏の丸山諭吉論を批判しています。
──────────────────────────────────────
週刊金曜日10月1日号で雁屋哲氏の「佐高氏への反論」が掲載される予定だそうです。

http://kgcomshky.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-4c00.html


  • [84]
  • 佐高氏批判

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年 9月22日(水)18時48分30秒
  • 返信
 
週刊金曜日9月19日号風速計「敵から見たら」欄で、佐高氏は安川氏の丸山諭吉論を批判しています。
この佐高氏の安川氏批判は、支離滅裂で、意味不明の最悪の文章だと思いました。
安川氏に対する個人的恨みがあるのではないかと思われるような酷い個人攻撃で、全く品の無い文章になっていて、これは週刊金曜日の品格を汚すものだと思いました。
そもそも週刊金曜日が掲載した司馬史観批判は素晴らしい記事だと思っていたのに、それを否定するようなことを同じ紙面でよくもできるものだと驚きました。

安川氏の丸山諭吉批判を全否定と解釈して、全否定はけしからんと書いていますが、安川氏の文章を全否定と解釈する方がどうかしています。

そもそも思想を「敵・味方」で論ずるなど到底理解し難い発想です。

私が危惧するのは、週刊金曜日の編集委員がこの程度の知性かと馬鹿にされて、誰も見向きもしなくなることです。
この文章は撤回するか、書き直すか、しなければ週刊金曜日の将来は危ないと心配しています。

  • [83]
  • 侵略がどうのって

  • 投稿者:nodu
  • 投稿日:2010年 7月 8日(木)00時07分53秒
  • 返信
 
江戸時代から明治時代になるとき戊辰戦争があったでしょ?
アレは薩長土肥による江戸幕府についた藩への侵略行為?

安土桃山時代から江戸時代になるとき関が原の戦い・夏冬の陣があったでしょ?
アレは徳川方による豊臣方への侵略行為?

それ以降日本がはじまるまで続く…
全世界日本と同じようなことが続く…

ここで批判している人は明治時代の人達が努力し列強を破るまでの日本を書いた只の小説に誰々は侵略的思想だっただとか朝鮮併合に紙面をさけとでも?そんなツマラン事書いてもしょうがないでしょ?

その批判はなんのために?

今の安全保障体制と過去の体制は違いすぎるので経験を汲み取ろうと思っても意味が無いと思うよ。

戦争の原因は一緒だろうけど 金か金になる物 それ以外なし。

批判的なら見なきゃいいやん

  • [82]
  • 「坂の上の雲」と NHK

  • 投稿者:ささき のぶひこメール
  • 投稿日:2010年 6月 1日(火)23時12分13秒
  • 返信
 
「坂の上の青い天に・・・一朶(いちだ)の白い雲がかがやいている・・・」
(「坂の上の雲 一」のあとがき)

「坂の上の雲」では、「フィクションを一切禁じて書くことにした」
(著者の講演から)

小説には、「マヨネーズほどの厳密さもない」
(「坂の上の雲 一」のあとがき)

このデタラメな作品を、NHKは著者の遺志に反して、放映権を相続人からカネで買って、「大河ドラマ」とした。 受信料の使い方もデタラメなのではないか?

NHKの意図は、どこにあったのだろう?
http://koheina-hoso.blogspot.com

  • [81]
  • 春や昔 十五万石の 城下かな

  • 投稿者:ささき のぶひこメール
  • 投稿日:2010年 6月 1日(火)23時09分53秒
  • 返信
 
「坂の上の雲」の主人公3人は、いずれも下級武士の出であった。
士族の人口比は約5%。 著者は、5%を対象に維新全体を描いたのだった。

司馬遼太郎は、維新(1868年以降の数年)後、日露戦争(1904~1905)までの30数年は、日本の歴史の中でもっとも楽天的な時代であったと書いている.(「坂の上の雲」一 あとがき)

また、この時代の重税・重い国権と軽い人権・足尾の鉱毒事件・女工哀史・小作争議・の暗い側面を見るのは、被害意識で見る見方であるとも書いている. (同)

作者によれば、被害者の目で見るのではなく加害者の目でみれば、「明治は楽天的な時代」であったのだ.

「降る雪や 明治は遠くなりにけり」(中村 草田男(なかむら くさたお) 1901~1983)

作者が引用している句だ. 「明治以降は暗かったが、明治は明るかった」 ─ それが、フィクションを一切禁じて、暗い側面を見ないで見た場合の、司馬遼太郎の明治維新である.

作者は、自由な考え方の持ち主であった.
自分の基準で歴史を見る、基準以外の側面を見ない、歴史を自由に見る見方、その考え方によって作品は書かれた.

NHKは、歴史と政治の現実を「自由に見て」自身の立場を守ろうとするのか?

視聴者・国民の立場と受信料は、どこにいってしまったのか?
http://koheina-hoso.blogspot.com

  • [80]
  • 頑張って下さい

  • 投稿者:一視聴者
  • 投稿日:2010年 5月28日(金)18時17分25秒
  • 返信
 
このドラマ、偏執的なイデオロギーの人達に目をつけられて、大変そうですね。森本レオに熱演させてそのテの人達にも配慮した製作陣の努力もあまり報われてないようですね。第二部からその粘着がますます激しくなるでしょうが、「坂の上の雲」の映像化という英断と冒険心は評価できると思います

  • [79]
  • 丸山批判と福沢批判の批判の性格の違い

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年 4月24日(土)07時19分43秒
  • 返信
 
安川先生の二人に対する批判に全面的に同感して書いております。
そしてその批判の性格の違いについて私なりに考えたことを付け加えたいと思います。

まず福沢は侵略主義者だったという「事実」を先生が明らかにされたことに敬服し、ここではこの事実から出発します。
そしてこの福沢の事実を、丸山が見落として、福沢を礼賛したのは、丸山の大きな間違いであった、という先生の指摘は完璧なものだと思っています。

しかし福沢が侵略主義者であったという事実の指摘は、「福沢の間違いの指摘」になるのか?ということを考えました。

福沢は自分を侵略主義者だと言われても、別に非難とは思わず、「そのどこが悪い!」と開き直るに違いないと想像しました。
つまり日本が独立国家になるために、侵略国家ならねばならない、と考え、主張したと私は思います。
「自分が正しかったことは、その後の日本の歴史を見れば解るだろう!」と自慢するでしょう。

丸山批判は間違いの指摘だけで充分ですが、福沢批判は侵略主義者であったことの指摘だけでは不十分で、福沢が間違っていたことを説明しなければ、批判にならないと考えます。

「日清戦争のお蔭で今の日本の繁栄があるのだ!」というのが、現在の日本の世論の大勢であり、この世論の出発点は福沢にあるからです。

この現在の日本国民の世論に対して「侵略は間違いだ!」ということを説得できない限り、福沢批判は完成しないと思います。

同時代人、吉岡弘毅が「日本を強盗国にするのか?」と福沢批判を行ったことが述べられていますが、残念ながらその後の日本は本当に強盗国になってしまいました。
そしてそのことを現在の日本人は肯定しているのは、坂の上の雲のドラマの人気を見れば解ることです。

こういう日本の現状を見ると、福沢批判を福沢個人批判に止めてはならないのであって、日本の近代というもの全体の批判に至らねばならないと思います。
安川先生には引き続き、こういう研究を書いていただきたいと期待しております。

  • [78]
  • 安川寿之輔さんの福沢諭吉批判を聴いて考えたこと

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年 4月21日(水)10時26分2秒
  • 返信
 
4月3日の千駄ヶ谷での安川先生の講演を聞いて大変感銘を受けました。
福沢批判、丸山批判を、文献に沿ってまことに的確、かつ網羅的に述べられたことはすばらしい快挙だと感じました。

その後、先生の丸山批判について考えて、私なりに文章にして見ました。
私としては先生のお考えに従ったものだと思って書いたのですが、もし先生のお考えと違うところがありましたら、是非ともご指導いただきたいと思います。
以下私の丸山批判です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

丸山思想の決定的欠陥

丸山真男は「文明論の概略を読む」を書いて福沢諭吉を礼賛しましたが、そこでは福沢の侵略思想を見落としており、私はこの見落としを丸山思想の決定的欠陥だと考えます。
福沢諭吉の実像は、日本の民主化への貢献というよりは、軍国主義を煽ったことの方にありました。
「時事小言」の社説で、「印度・支那の御(ぎょ)し方を英人に見習うのみならず、その英人をも苦しめて、東洋の権柄を我が一手に握るべし」とか「滅亡こそ朝鮮人民の幸福」などという非常識で勇ましい文章を書きなぐっていました。(このことは安川寿之輔氏の研究に詳しく書いてあります。)
この福沢の実態の見落としは、単なる軽率と済ませられるものではなく、丸山思想の根本的欠陥と見るべきと考えます。
福沢諭吉が日本の侵略主義を煽ったのは、自分の国は自分で守る気概を持った国民を作ること、つまり国民国家を作るためでした。こういう「国民」を作り出すためには、民族の一員としての平等感と国政への参加意識を持たせる必要がある、と考えました。

これが人民主権(民主主義)の思想の役割でした。
福沢にとって独立日本国を作ることが第一義で、民主化はそのための方便という二義的な意味しか持っていませんでした。
ところが丸山は「国民国家を作るための民主主義」という思想構造を理解できなかったために、福沢の民主主義の部分だけしか見えず、一方では福沢が重視した侵略思想の方を見落としたものです。
しかしながら福沢のこの思想は、福沢の性格のゆがみとか間違いというような個人的なものではなくて、明治期の時代の空気であったことに留意する必要があります。
この侵略思想は、自由民権運動の中にも顕著に現れていることは、板垣退助、大井憲太郎などの過激な侵略思想を見れば明らかです。福沢や民権派の運動の効果もあって、この思想が順次政府によって実行されて、挙句の果てに昭和の戦争を招いたものであり、長い眼で見れば、彼らは昭和軍国主義の先駆者ということが出来ます。
しかし福沢や民権派の人々が、この日本近代の侵略主義を作りだしたと言ってしまっては、彼らの力の過大評価になります。
彼等はこういう日本の近代化の時代の空気を代表して表現しているに過ぎません。

問題は日本の近代化という大きな流れの方にあるといえます。
この時代の空気を丸山は分析的に見ることが出来なかったのですから、思想家としては失格だったと言えます。

結論として、丸山は近代化の持つ暗黒面に気がつかなかったという意味で、「近代と言うものが理解できなかった近代主義者」だった、と言えます。
以上

  • [77]
  • Re: 坂の上の雲の制作費は大河ドラマの数倍

  • 投稿者:メール
  • 投稿日:2010年 3月27日(土)12時47分4秒
  • 返信
 
>>76
> http://www.momocafe.oheya.jp/blog/archives/2010_3_27_803.html
> より
>
> 福地茂雄会長(NHK)のインタビューが産経新聞に載ってました。
> 仕事の話と一緒に好きな言葉が紹介されていたのですが素敵な言葉でした。
> 「好かれようと思ったら、まず好きになれ」
> 福地茂雄会長の営業の原点みたいなものなんだそうです。
>
> 昨日、NHK予算審議(平成22年度)を観ました。
> 寝ながら見たんだけど、結局最後まで見てしまいました。
> 知ってる番組の話が出ると面白かったです。
>
> けっこう驚いたのが「坂の上の雲」の制作費。
> 「坂の上の雲」の1話あたりの制作費は、
> 大河ドラマの数倍もかかっているそうなのです。
>
> 細かな金額については答弁されなかったけど、
> むかし、「ジャンル別番組制作費」が公開されたとき、
> 「功名が辻」の制作費が1本当たり6110万円だったので、
> その数倍となると、1話あたり億単位の制作費になるわけで、
> ずいぶん贅沢なドラマを観てたんだなぁと複雑な気分に。
>
> NHKの年間予算はだいたい7000億円くらいです。
> 人件費比率はいったいどのくらいか気になったので、
> NHKサイトに公開されている報告書を探してみました。
> 最新の報告書はどこに書いているのかよくわからなかったのですが、
> 平成20年度収支予算と事業計画の説明資料(←PDFです)の
> 37ページに人件費のことが書いてありました。
>
> ●平成20年度の人件費 1802.8億円
> ●平成20年度の給与費 1290.2億円
> ●平成20年度の要員数 10842人
>
> 平均年収は人数で割るとわかるわけですが、
> 割ってみるとなかなかのお給料であります。
> 東大生の官僚離れが進んでいますが、
> バッシングされることを考えたらNHKも魅力的かも。
>
> 話は予算審議に戻ります。
> 福地茂雄会長が面白い答弁をしてました。
> 「視聴率を意識しないで作った番組ほど視聴率が良かった」と。
> 会長の好きな言葉に通じるんだけど、
> 数字(実績)が欲しかったら、数字に執着するのではなく、
> 原点に戻ることが大事なんだろうなぁと思いました。
>
> 「好かれようと思ったら、まず好きになれ」。
> 忘れないようにしよう

クランクイン前の報道では、通常の大河ドラマは、一回約6000万、
『坂の上の雲』は1億となっていました。(拙著参照)
これでも破格ですが、さらにふくれあがっていることになります。
にもかかわらず、視聴率はもう一つ。〝福地法則〟が貫かれている。

  • [76]
  • 坂の上の雲の制作費は大河ドラマの数倍

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2010年 3月27日(土)11時19分15秒
  • 返信
 
http://www.momocafe.oheya.jp/blog/archives/2010_3_27_803.html
より

福地茂雄会長(NHK)のインタビューが産経新聞に載ってました。
仕事の話と一緒に好きな言葉が紹介されていたのですが素敵な言葉でした。
「好かれようと思ったら、まず好きになれ」
福地茂雄会長の営業の原点みたいなものなんだそうです。

昨日、NHK予算審議(平成22年度)を観ました。
寝ながら見たんだけど、結局最後まで見てしまいました。
知ってる番組の話が出ると面白かったです。

けっこう驚いたのが「坂の上の雲」の制作費。
「坂の上の雲」の1話あたりの制作費は、
大河ドラマの数倍もかかっているそうなのです。

細かな金額については答弁されなかったけど、
むかし、「ジャンル別番組制作費」が公開されたとき、
「功名が辻」の制作費が1本当たり6110万円だったので、
その数倍となると、1話あたり億単位の制作費になるわけで、
ずいぶん贅沢なドラマを観てたんだなぁと複雑な気分に。

NHKの年間予算はだいたい7000億円くらいです。
人件費比率はいったいどのくらいか気になったので、
NHKサイトに公開されている報告書を探してみました。
最新の報告書はどこに書いているのかよくわからなかったのですが、
平成20年度収支予算と事業計画の説明資料(←PDFです)の
37ページに人件費のことが書いてありました。

●平成20年度の人件費 1802.8億円
●平成20年度の給与費 1290.2億円
●平成20年度の要員数 10842人

平均年収は人数で割るとわかるわけですが、
割ってみるとなかなかのお給料であります。
東大生の官僚離れが進んでいますが、
バッシングされることを考えたらNHKも魅力的かも。

話は予算審議に戻ります。
福地茂雄会長が面白い答弁をしてました。
「視聴率を意識しないで作った番組ほど視聴率が良かった」と。
会長の好きな言葉に通じるんだけど、
数字(実績)が欲しかったら、数字に執着するのではなく、
原点に戻ることが大事なんだろうなぁと思いました。

「好かれようと思ったら、まず好きになれ」。
忘れないようにしよう

http://www.momocafe.oheya.jp/blog/archives/2010_3_27_803.html


  • [75]
  • 丸山真男批判

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年 3月26日(金)22時35分20秒
  • 返信
 
安川寿之輔様

私の書き込みに概ね賛成していただいて、うれしく思います。

それでは私の考えをもう少し書かせていただきます。

先生の丸山諭吉批判は、本当に素晴らしい発想だと感心しています。
福沢批判については賛成いただいたので、今度は私なりの丸山真男批判を書いてみます。

私は何故これほど丸山氏が今でもちやほやされるのか理解できません。
丸山理論と言うようなまとまった考えがあるようにも思えないからです。

その時々のエッセイに、いい物もありますが、体系だったものに良いものがないと思われます。

まとまったものと言えば、福沢の文明論の概略を読むではないかと思われます。

しかしながら、その福沢論が評価できるようなものではないからです。

私の批判は、その論理構造にあります。

丸山氏は福沢の近代化への貢献について評価しています。

そして何故こういう評価をその時にしたかといえば、戦後日本の再建について、福沢の情熱が参考になる、と考えたからです。
戦前の軍国主義を江戸時代の封建主義と同じものと看做して、それを克服するために、福沢の努力が参考になる、と評価したのでした。

福沢が江戸時代を否定することに躍起になったように、戦後日本も戦前の封建制を否定して、「近代化」しなければならない、という論理です。

この論理の奇妙さに今まで誰も気が付かなかったように思われます。

福沢・・・・江戸封建制→明治の近代化
丸山氏・・・・・・・・・戦前軍国主義 →戦後の近代化

この奇妙さと言うのは、福沢が貢献した日本の近代化が、結局は戦前の軍国主義にしか過ぎなかった、という矛盾です。

丸山氏が戦前の軍国主義を批判すればするほど、福沢の努力した近代化とは何だったのか?という疑問に行き着きます。

丸山氏が戦後の近代化を強調すればするほど、福沢が努力した日本の近代化が意味が無かった、と言うことになるからです。

この論理の矛盾を救う道は、福沢の努力した近代化は本当は、軍国主義化でしかなかったと考えることです。

とすると丸山氏が努力した戦後の近代化の思想も、結局は軍国主義を招くだけかもしれない、と言うことになるということです。

ややこしい論理になってすみません。

まだ私の中でこの考えがこなれていないので、解りやすく書けませんでした。

  • [74]
  • お礼

  • 投稿者:you
  • 投稿日:2010年 3月21日(日)23時45分47秒
  • 返信
 
小林哲夫様、つたない質問にお答えくだり、ありがとうございます。  ただ、思想としてではなく、何が、真実で何が虚飾かを固定化せず、分かりたいと思い投稿しました。

  • [73]
  • Re: お教えください

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年 3月21日(日)18時16分30秒
  • 返信
 
YOUさんの大変的確な疑問提起を私なりに考えて見ました。

坂本竜馬を歴史的人物として論ずるのは、困難な状況にあります。というのは司馬小説が創造した部分が流通しすぎていて、どこまでが史実か、判断が出来ない状態になっているからです。
そこで勝海舟について考えます。
海舟は日清戦争に反対していましたので、侵略思想ではなかった、と言えます。(半藤一利著にあります)

つまり「近代化思想は全て侵略思想だ」と言っては言い過ぎで、近代化を目指しながらも、侵略思想にならなかった人もいた、つまり日本が侵略国家にならない道もあったことをここから知ることができる、と思います。

  • [72]
  • お教えください

  • 投稿者:you
  • 投稿日:2010年 3月20日(土)16時15分56秒
  • 返信
 
福沢諭吉・吉田松陰が思想的侵略の考えの元であるとしたなら。
近代化を目指し勝を師匠とした、坂本龍馬ら2名も富国強兵の理論です。 さらに、龍馬伝も放映中です。

韓国の新聞や一部の間では、併合100周年に、龍馬が出てくるのはいかがなものかとありますが。

これら二名の他、征韓論をとなえた西郷、当然近代日本を作たすべての人が、侵略者であるはずです。
なら、これら各人に対してももっと大きな声で、発言するべきではないのかと思います。
「坂の上の雲」の本当の原作者です。  思想と行動は、共にあり生きていたら他の明治の元勲・軍人・外交官と同じであったと思われます。

よろしくお願いします。

  • [71]
  • 安川 寿之輔 様

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2010年 3月18日(木)08時02分5秒
  • 返信
 
ホームページ『「坂の上の雲」放送を考える全国ネットワーク』の先生の論考に大変感銘を受けましたので、感想文を書きました。

先生の司馬史観批判、福沢諭吉批判、丸山真男批判、はそれぞれ切り離しては考えられない一体のものということがわかり、それら全てに同感して読みました。

私はそれらの問題の扇の要のところに、福沢諭吉批判があると感じました。

「福沢諭吉批判」
福沢諭吉の考えは「朝鮮はだらしない国で、自分で近代化する力が無いから、日本が軍事力を行使して近代化してやるのだ。」というものとまとめることが出来ます。
当初朝鮮の開明派を支援したのも、この発想の一環に過ぎず、最初から朝鮮を日本が支配しようとした行動であって、この隣国支援行動をもって、福沢の善意と見たり、はじめは正しかったと見るのは間違いです。
要するに福沢諭吉は、日本の軍国主義的侵略の急先鋒だったと言えます。

「福沢の肯定的側面と否定的側面」
さて現在の日本では、福沢は日本近代化の父と認められて、日本の近代国家形成、民主主義導入に多大な貢献をした、と肯定的に見られています。
この福沢の民主化等の肯定面と、侵略的な否定面との関係について、考える必要があります。
丸山真男は戦後福沢を高く評価して、現在の福沢偉人論の常識を作り上げましたが、一方否定的側面を全く見ることが出来ませんでした。この間違いの原因は、肯定面の過大評価によって、否定面が見えなくなったためと考えられます。
丸山ほどではなくとも、福沢の否定面を、ちょっとした脱線程度のことと好意的に見る日本人が多いのには驚かされます。
また朝鮮の開明派を支援したことを、「福沢も始めの内は良かった」、と好意的に見る人が左翼の中にさえ多いのが現状です。
こういう現象が起こるのは、肯定面と否定面を別のことと理解する人が多いからだと思います。
福沢の肯定面、否定面は一体をなすもので、これを別々に離して考えることの出来ないものである、という私の考えを以下では述べたいと思います。


「近代化とは何か?」
結論から言えば、近代化という現象は、民主主義と軍国的侵略主義が同時に起こることだと言うことです。
私の言葉の使い方を説明しておきますと、近代化というのは近代国家=民族国家を形成することと考えます。
民族国家というのは、自分の国は自分で守ると言う意識を持った国民が形成され、その国民による国民軍が出来上がった国のことで、それと同時に人民主権の制度を持った国という意味です。
人民主権と国民軍との関係については、戊辰戦争の時の板垣退助の例がわかりやすいと思います。
板垣が総大将となって会津を攻めた時、会津の町民、農民は、この戦争をひとごとと見て、戦争を傍観していました。
この会津町民の様子を見て、愕然としたのが板垣の原点になりました。
こういう傍観的国民の国は、国家の体をなさない、と板垣は考えて、どうしたら国民に国民意識を植え付けられるか?と考えたのでした。

国民が自分の国と感じられるためには、自分たち国民は平等に政治に参加している、という実感をもてるような体制を作らねばならない、と考えました、
民族の成員としての平等感を持たせるために、身分制の廃止、が行われ、参加意識を持たせるために議会や憲法、などを導入しました。
というか、民族意識に目覚めた国民が、こういうことを要求したのでした。
つまり、国民全員が自分たちの国と実感できるために「人民主権」という体制が不可欠だったのです。
このような意味で、人民主権(民主主義)と軍国主義ははじめから一体のものなのです。
「日本が日本として存在し続けるためには軍事強国にならねばならない」という気持ちが先行し、その後にそのために人民主権が必要だ、と付け加わったようなものなのです。
これはフランス革命時に編成された国民軍のときからの近代化の法則です。
だから自由民権運動家(板垣、大井)は全て、強烈な侵略主義者であって、福沢もその最先端を行く存在になったのは、自然の成り行きでした。

「結論」
人民主権(民主主義)は、侵略国家になるためにこそ必要であった、という意味で、福沢諭吉の思想に矛盾は無かった。

以上

  • [70]
  • 司馬史観批判の次のステップ

  • 投稿者:小林哲夫
  • 投稿日:2010年 3月14日(日)11時09分56秒
  • 返信
 
「日清日露までの日本は正しかった」という司馬史観は、先生のおっしゃる通り間違いだと思います。
日本が侵略を始めたのは、明治時代からであって、ここから反省しなければならない、という先生のお考えに大賛成しております。
今後は、貴著の情報を大いに使って、この考えを少しでも広めるように努力したいと思っております。
特に当時ロシアがどう考えていたか?という情報は貴重なものでした。

さて司馬史観は間違いと認められればそれで終わり、と言うことにはできないと思います。


まず戦争責任についての再考が必要だと思います。

従来、あの戦争の間違いは、軍部の横暴が原因だ、軍部に責任がある、ということで済ませてきましたが、これは司馬史観に対応した反省の仕方だと思います。
日清戦争が何故起こされたか?ということを軍部の横暴から説明できないからです。

余談になりますが、天皇責任論も日清戦争からは出てきません。
明治天皇は「これは朕の戦争ではない、大臣の戦争だ」と言っているからです。

ということで日清戦争の戦争責任論が研究されねばならない、と考えます。
(誰が戦争を起こしたのか?という問題です。)

戦争の原因を考えることによって、未来の戦争を防止する手立てが立てられるからです。

この問題を是非とも先生に書いてもらいたいと言うのが、私の希望です。

私案を述べて見ますと、戦争の原因は「自由民権運動にあり」というものです。
日清日露ともに、世論が激高して、弱腰の政府を批判し、これに押されて政府がやむなく開戦したことが知られています。
この世論を扇動したのがマスコミでしたが、その思想を作ったのが自由民権運動でした。
最も過激だったのが板垣退助、大井憲太郎などですが、福沢諭吉も大きな役割を果たしたことが認められてきています。
平和主義者として知られている内村鑑三でさえ、当初は日清戦争を義戦だと言っていたくらいですから、当時の世論が、非常に好戦的だったことがわかります。

日本の思想界では自由民権運動を高く評価する傾向がありますが、戦争に関する限り、否定的に理解すべきだと考えるのですが、如何でしょうか?

こういう発想の転換を促す視点として、司馬史観批判は大変素晴らしい役割がある、と私は感服したのですが、如何でしょうか?

以上

  • [69]
  • 坂の上の雲は、どこへ行くのか?

  • 投稿者:ささき のぶひこメール
  • 投稿日:2010年 2月27日(土)22時04分1秒
  • 返信
 
「まことに小さな国」「その列島の中のひとつの島が四国」 司馬遼太郎「坂の上の雲 一」の出だし部分です。

日本は、大陸の東の島々が集まった小さな国で、歴史の動きがおそく伝わる、報道が権力・利権維持派によりゆがめられるなど、その社会発展も遅れる傾向があります。

しかし、人びとは現実を見て社会を理解します。きびいしい現実ほど、人々の自覚を深めます。自覚した人々は、社会を変える力となる。 歴史のリクツであり、原動力です。

放送が与党・多数会派に偏り、人々や少数会派の論点を軽視・無視しても、このリクツを変えることはできません。

明治以来、生産力が上がり国際化が進んだとはいっても、社会の枠組み、少数の権力・利権集団が人々の食べるべき部分からメシを食べている構造は変わっていません。

しかし、それが永遠につづくかといえば、そんなリクツは歴史にはないのではないでしょうか?

http://koheina-hoso.blogspot.com


  • [68]
  • あの時代

  • 投稿者:sakanouenoame
  • 投稿日:2010年 2月27日(土)11時33分43秒
  • 返信
 
小説、ドラマと両方見ましたが、私は明治の日本人がどう生きたが興味の中心でした。
そうした面では、豪華キャストの熱演もあって、よかったですね。

日清、日露戦争がどうのこうのとの論争が多いようですが、
正義の戦争なんてありえないという前提で見ました。

しかし、この手の論争、日本の侵略戦争と決めつける人が多いですが、
あの時代はどんな国際情勢だったのか。欧米列強の植民地政策はどうだったのか。
その中で日本はなぜとか、大きな歴史観がないように思います。

そして、日本の侵略戦争を攻撃する論客のみなさんが、
北朝鮮のような悲惨な独裁国家を肯定する人が多いのは、なんとも不思議に思います。

なにが目的で、このドラマを批判するのでしょう?

  • [66]
  • HPに転載させてくださいRe: 「坂の上の雲」を理解する上で大変参考になる雑誌

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2010年 1月10日(日)01時49分21秒
  • 返信
 
>>65
ありがとうございます。
HPに転載させてください。

http://kakaue.web.fc2.com/


  • [65]
  • 「坂の上の雲」を理解する上で大変参考になる雑誌

  • 投稿者:naokora
  • 投稿日:2010年 1月10日(日)01時19分35秒
  • 返信
 
今月号の雑誌「思想」は韓国併合100年を特集している。これは日露戦争の意味を考える上で大変参考になる雑誌だ。2009年12月に著書「日露戦争」を出した和田春樹氏も寄稿している。ネットで読める水野直樹氏の巻頭言だけでも面白い。日露戦争を語りながらその目的であった韓国併合を無視した司馬遼太郎の認識はこの「韓国合併奉告祭碑」そのままではないのか?そしてそれをそのままドラマ化しているNHKの認識は結局「韓国合併奉告祭碑」から変わっていないのではないか?

「韓国合併奉告祭碑」の前で考える(水野直樹)=雑誌「思想」2010年1月号巻頭言
http://www.iwanami.co.jp/shiso/1029/kotoba.html
以下は碑文文章だけ抜粋

『韓国が併合されたので、八幡神社の神職や氏子、住民が奉告祭を開いたことを後世に伝えるためにこの碑をたてる。わが国と韓国との関係は神代のころから始まっているが、神功皇后が三韓征伐によってこれをしたがえ、秀吉が出兵して日本の強さを示した。明治維新の後、国交を結び、さらに保護国にしたが、危機の時代となったため、韓国皇帝は国土を明治天皇にゆだねることとした。天皇は東洋の安定を図るため、これを受け入れ、韓国は日本の領土となった。戦いによらず領土を広げたのは、天皇の仁徳によるものである。この偉大な業績は永遠に残るであろう。』

1910年の碑文の認識=韓国併合は偉大な業績
司馬遼太郎の認識=戦争はかっこいい、韓国併合は偉大な業績
NHKの認識=戦争は美化しない、では韓国併合は?

  • [64]
  • 池澤夏樹のドラマ感想

  • 投稿者:naokora
  • 投稿日:2010年 1月 9日(土)19時38分12秒
  • 返信
 
2010年1月9日の朝日新聞朝刊に作家池澤夏樹のNHKドラマ「坂の上の雲」に関する感想「坂の上の雲・勝利の快感と転載の誘惑」(800字程度)が掲載されている。大意は、
NHKドラマは主人公3人の個人の運命ではなく彼らがいかなる益を日本国にもたらしたかが主題だ。秋山兄弟は日露戦争で日本を勝利に導いた子規は日本文学を近代化した。このドラマは主人公を魅力的に見せている、それは司馬の原作にも著しい。司馬の本を読めば最後は日本海海戦の勝利の高揚感で軍艦行進曲が耳に満ちる。
 かかる優れた指導者を備えていたから日本は日露戦争に勝ったというのが「坂の上の雲」の結論だろう。しかし歴史とは指導者の視点ではなく無数の凡人の視点で見るべきだ、又戦争は偶然の要素が大きい、勝てたのは幸運とし冷静な分析を大事にして、むしろロシア側の敗因を汲み取るべきだ。
NHKは無責任な天才待望論のドラマではなく兵隊の立場から書かれている「レイテ戦記」をドラマにした方がいい。

  • [63]
  • 『「坂の上の雲」放映を考える全国ネットワーク』の呼びかけに賛同された方のメールを転載します。

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2010年 1月 8日(金)23時14分46秒
  • 返信
 


林田力さん(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)
「坂の上の雲」に関する申し入れ文書ご趣旨に賛同します。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4904350138
http://astore.amazon.co.jp/hayariki-22/detail/4904350138
------

土井桂子さん「教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま」会員
「坂の上の雲」に関する申し入れ文書ご趣旨に賛同します。
(コメント)
最近になって角田房子著「閔妃暗殺」を読み、自分の歴史認識の浅薄さに愕然としました。「韓国併合」100年を前にしてドラマ化すべきはこの本ではないか、と思わされています。NHKは朝鮮半島との関係2000年を検証する番組を教育テレビで月1回放映しており、その取組みはさすがと思いますが、ドラマが与える影響とは比べ物になりません。
ーーーーーーーーーーーーーー
  日本国民救援会京都府本部事務局長 橋本宏一さん
 「坂の上の雲」放映を考える全国ネットワークの呼びかけに賛同します。 私も賛同人に加えていただきます。
(コメント)
 昨年11月、12月のNHKの放映をみましたが、あれはまぎれもなく「脱亜入欧」「富国強兵」推し進め、侵略戦争と植民地支配を秋山兄弟たちの出世と活躍を通じて称賛、美化する内容で、日本が武力で朝鮮半島を統治下におき、独立・解放運動へ弾圧、虐殺を加えるなどして多大な犠牲者を出した、東アジアと日本の歴史の根幹をなす重要な事実のほとんどが隠ぺいされ、その誤った歴史認識のもとに、いたずらにナショナリズム、ミリタリズムを煽る番組になっています。現に、ドラマの解説本なども出版され、そのなかでは中曽根康弘元首相などが日本国民の在り方を考えさせるなどともてはやしているのをみるとき、番組の影響を考えないではいられません。明治の日本は、一方で自由民権運動がおこり、日本国憲法の原案のような憲法草案が民衆の間で論議されたり、その後の秩父事件では1万人の民衆が「専制政府打倒」の武装蜂起をし、弾圧をされるなどの運動もあり、「戦争に勝つ強い国」づくりばかりが目指されたわけではないことを知らせる必要があると思います。フィクションのの歴史ドラマだとしても、背景になる歴史的事実をつくりかえること、それを公共放送で放映することは視聴者に「誤解」与え、国民の間に誤った歴史認識を拡大再生産していくことにもなり、許されることではありません。 かかる内容である以上、今後の「坂の上の雲」放映は中止すべきだと考えます。


http://kakaue.web.fc2.com/


  • [62]
  • 第一部

  • 投稿者:nodu
  • 投稿日:2010年 1月 6日(水)01時35分37秒
  • 返信
 
一時間半はチョット長すぎでトイレに行く暇もなかったが篤姫や天地人よりは大分面白かったのではないでしょうか?

 戦争賛美などと言う変な団体もいるようですが概ね原作とおりでしたが第四話で下士官?「森本レオ」が住民から略奪かなんかしていたみたいですが原作にはない無駄な部分で残念でした。国際法遵守の優等生?であった史実の明治日本とは全く違いましたね。

NHKは変な団体が抗議してくるからって変な脚本使わないで原作そのままいって欲しいです。

  • [61]
  • 説明

  • 投稿者:nenbutsudai
  • 投稿日:2010年 1月 5日(火)00時01分13秒
  • 返信
 
少しこの電報の説明をいたします。
3個中隊による朝鮮南部の東学党の征討とは別に、ソウル北西に位置する黃海道でも1895年3月から4月にかけて日本軍による東学党の征討が行われました。

そして4月8日、熊谷中佐から井上公使あてに
「『6日午前6時までに100名以上の東徒を捕まえ、今日中にさらに数百人を捕まえるだろう』と報告を受けました」
と電報があり

それに返す形で4月13日に井上公使から熊谷中佐へ
「捕まえた多数の東徒をどう処分するのか其筋に質問したら、『次の4通りに処分するよう、至急黃海監司へ訓達する』と答えた」
と電報したわけです。
「其筋」が誰を指すのかいまいちわかりませんが、おそらくは朝鮮政府関係者でしょう。

実際に捕まった東徒がどうなったのかは分かりませんが、この電報を見る限り、皆殺しには程遠いものと思われます。

  • [60]
  • お詫び

  • 投稿者:nenbutsudai
  • 投稿日:2010年 1月 4日(月)23時56分3秒
  • 返信
 
あけましておめでとうございます
まずはお詫びから。

私が>>54で提示した駐韓日本公使館記録の引用ですが、書き込みを見る限り井上公使が熊谷中佐に指示をしているように解釈できます。
しかしながら全文は、

去ル八日發貴電ニ接シ今回捕獲相成タル多數ノ東徒處分方ニ付其筋ノ意見ヲ聞キタル處左ノ如ク四等ニ分チ處分ス可キ旨至急黃海監司ヘ訓達ニ及フト回答アリ

一. 有名ナル巨魁ハ悉皆京城ヘ護送ス可シ
二. 本心或ハ心得違ニテ東徒ニ與シタルモノニシテ眞實悔悟シ歸化ヲ願フモノハ左ノ如ク處分ス
三. 其ノ家産家族ナクシテ盜賊ヲ爲スノ虞アルモノハ附近ノ各島ニ分配シ懲役ニ充ツ其家産家族ヲ有シ良民トナル可キモノハ保證ヲ立テシメ說喩ノ上釋放ス
四. 無理ニ東徒ニ引キ入ラレタルモノニシテ其情容恕ス可キモノハ說喩ノ上釋放ス
右通知ス

で、あくまで「其筋」の「黃海監司」への訓達であり、誤解を招く書き込みをしたことをお詫び申し上げます。
すみませんでした。

  • [59]
  • 参考2009年人気のあったドラマ

  • 投稿者:naokora
  • 投稿日:2010年 1月 3日(日)14時40分45秒
  • 返信
 
2010年1月2日深夜のNHK番組「新春TV放談2010」ではNHKのHPなどで集めた視聴者アンケート結果を紹介していた
2009年11月調査 視聴者300人 の選んだ人気ドラマ
1JIN-仁- 歴史+医療
2相棒  刑事
3天地人 歴史
4ブザー・ビート  恋愛
5BOSS 刑事
6不毛地帯  社会派・歴史
7救命病棟24時  医療
8東京DOGS  刑事
9ライアーゲーム  ミステリー
10官僚たちの夏  社会派・歴史

NHKのまとめは「2009年のドラマは硬派が受けた」であった

  • [58]
  • 捏造された歴史をドラマで信じきっている皆さんへ

  • 投稿者:
  • 投稿日:2010年 1月 3日(日)11時28分17秒
  • 返信
 
こんなドラマでも信じてしまう視聴者もいるのだから、出鱈目を放送してはいけないと思います。

  • [57]
  • ドラマを見ない右翼=虚言を弄する独裁主義者を倒せさんへ

  • 投稿者:naokora
  • 投稿日:2010年 1月 1日(金)18時08分42秒
  • 返信
 
「虚言を弄する独裁主義者を倒せ」という変な名前の人がよく書いているようですが、この人はドラマへの感想を少しも書いていない。

歴史を扱かったドラマや映画でよくあることですが、その作品を見もせずに反対したり、賛成したりする。その代表が映画「靖国」だった、熱心に反対した右翼活動家は見もせずに反対街宣行動を行った。

おかしいと思いませんか?
ここはドラマに関する掲示板です、なのに何か別の話を一生懸命に書く、それはあのうるさいだけの右翼の街宣とそっくり同じ、きっかけだけあれば、関係ない事を、一般人にガナリ立てる。しかもその中身なぞない。

そういう人はおそらくドラマを見ても自分の感想をもてるだけの能力もないのでしょうね。だから関係ない事をかくのでしょう。

  • [56]
  • ドラマに対する一般の反応

  • 投稿者:naokora
  • 投稿日:2010年 1月 1日(金)17時58分37秒
  • 返信
 
朝日新聞 2009年12月31日(東京版)25面 はがき通信欄・12月の投稿から

「(前略)「坂の上の雲」(NHK)に好感触の声が14通、「手抜きのないロケとセットで作りあげた徹底したリアリズムの時代描写と、そこで繰り広げられるベテラン俳優陣による迫真の演技に、並々ならぬ意気込みがひしひしと伝わってきた。3年間じっくり見ていく」(60歳男性)など。
(中略)
12月は女性107通、男性160通の計357通でした。」
注:記事中では「不毛地帯」に14通、人気ドラマ「JIN-仁-」に12通の投稿があったと記している。

解釈:視聴者一般はドラマ「坂の上の雲」は、よくできたセット、実地のロケ、よい演技による歴史に忠実なドラマと受け取られているようだ。またその反応の大きさは話題になるような圧倒的な大好評ではないがけして小さくもないと考えるべきだろう。

  • [54]
  • 管理人さんへ

  • 投稿者:nenbutsudai
  • 投稿日:2009年12月30日(水)12時47分12秒
  • 返信
 
>>50
管理人さん、ご回答、ありがとうございます
しかしながら

>日本軍、三個中隊をソウルから西側・中央・東側の三つにわけて南進させる、そして農民軍を朝鮮の西南、珍島方面にまで追い詰めて、皆殺しにする作戦です。
※一個中隊は約200人、三個中隊は600人です。農民軍の死者は5万人とのことですので、それ以上の人数が闘争に参加していたのでしょう。
すると日本は、わずか600人で、100倍の農民軍を南に追い詰めて皆殺しにする計画を立てたのでしょうか?土地勘のない朝鮮で、どうやって実行したのでしょうか?そもそも殺戮は何月何日に行われたのでしょうか?
根拠のある史料がない限り、とても信憑性のある主張とは思われません。

駐韓日本公使館記録によれば、1895年4月13日に井上馨公使は熊谷中佐にたいし、捕獲した東徒の処分について次のように電報しています。

一. 有名ナル巨魁ハ悉皆京城ヘ護送ス可シ
二. 本心或ハ心得違ニテ東徒ニ與シタルモノニシテ眞實悔悟シ歸化ヲ願フモノハ左ノ如ク處分ス
三. 其ノ家産家族ナクシテ盜賊ヲ爲スノ虞アルモノハ附近ノ各島ニ分配シ懲役ニ充ツ其家産家族ヲ有シ良民トナル可キモノハ保證ヲ立テシメ説喩ノ上釋放ス
四. 無理ニ東徒ニ引キ入ラレタルモノニシテ其情容恕ス可キモノハ説喩ノ上釋放ス

はたして本当に「皆殺しにする作戦」があったのでしょうか?

中塚明=著 司馬遼太郎の歴史観ーその「朝鮮観」と「明治栄光論」については、機会があれば読んでみたいと思います。

  • [52]
  • 陶芸家の立場から一言

  • 投稿者:陶芸の辰
  • 投稿日:2009年12月30日(水)10時36分3秒
  • 返信
 
陶芸ファンの立場から再度発言します。

司馬のファンではありませんが・・小説やドラマについて各人各様の意見があるのは当然です。娯楽の読み物あるいはドラマと割り切って読んだり見たりすれば良いと考えます。司馬史観については従来から正しい歴史認識がされていないとか、従ってその原作に基づく
「坂の上の雲」ドラマは問題ありと指摘するご意見を此処でも拝見します。

以前に紹介読了した本「陶匠の血脈」も同じ時代を描いていますが・・
「陶匠の血脈」の読者は日露戦争をしっている歴史家というより、陶芸家が多いと推察します。小説の立場からみれば「坂の上の雲」同様に問題の箇所もあるかと思いますが・・少なくとも私は本掲示板で指摘されるような箇所を見出すことはできませんでした。

司馬の「坂の上の雲」も多少反発しながら昔読んだ覚えもあります・・
「陶匠の血脈」に関していえば
陶芸家(九谷焼)と日露戦争を交錯させた作者の慧眼に敬意を表するものです。

  • [50]
  • 出典Re: ご回答、ありがとうございます

  • 投稿者:管理人メール
  • 投稿日:2009年12月30日(水)07時30分42秒
  • 返信
 
>>45
> >>44
「中塚明=著 司馬遼太郎の歴史観ーその「朝鮮観」と「明治栄光論」を問う」が今手元にないので全部ではありませんが、私の残っているメモによれば本書の115-116ページに東学農民戦争について”中塚氏は何の史料にもとづいて主張されて”の出典がありましたので、ご紹介します。
いずれにせよ、買うなり、図書館で借りるなりしてご自分の目で直接どの程度”信憑性のある主張”か確認されるのが一番かと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーー
朝鮮人民の日本への正当な抗議です。日本の戦争目的は「朝鮮の独立」であり、「領土的な野心はない」と、イギリスやロシアの干渉をかわしてきた日本政府にとって、農民軍の決起は容易ならぬ事態でした。 どうしたのでしょうか。
*「向後悉(コトゴトク)ク殺戮スベシ」(これからは皆殺しにせよ)
朝鮮半島の北部にまで拡大して、朝鮮農民軍を日本軍が鎮圧しなければならないような事態になれば大変だ、ロシアに感づかれるのは絶対に避けなければならない、ロシアとの国境に近い北東に広がるのを阻止しろ、朝鮮半島の西南の隅においつめて皆殺しにせよ、これが日本政府・軍一体の大方針になりました。 「東学党二対スル処置ハ厳烈ナルヲ要ス。向後悉ク殺戮スベシ……」、これからは皆殺しにせよと、川上操六参謀次長が一八九四(明治二七)年一〇月二七日、朝鮮にいる日本軍にうった電報です。 その翌日、広島の大本営で総理大臣や参謀本部が相談して「討伐作戦計画」をつくりました。日本軍、三個中隊をソウルから西側・中央・東側の三つにわけて南進させる、そして農民軍を朝鮮の西南、珍島方面にまで追い詰めて、皆殺しにする作戦です。 「珍島」、天童よしみさんが歌っている「珍島物語」の「珍鳥」です。朝鮮の西南の端です。海は多鳥海として景色のよいところですが、ここには日本の軍艦も出動しました。 「悉ク殺戮スベシ」という日本軍のこのジェノサイド作戦によって、日本がアジアではじめて直面した、この大規模な抗日民族闘争は鎮圧されたのです。その全体の犠牲者は優に三万人をこえ、負傷後の死者を加えれば五万人にもたっすると見られています
(趙景達『異端の民衆反乱』岩波書店、一九九八年。井上勝生「日本軍による最初の東アジア民衆虐殺」、『世界』二〇〇一年一〇月号。井上勝生「第二次東学農民戦争と日本軍、朝鮮農民軍大虐殺」、東北アジア平和ベルト国際学術大会二〇〇八年 釜山 報告集 参照)。
 この作戦も、《日清公刊戦史》には、日本軍の兵站(現地の作戦軍と本国の根拠地との連絡線上の必要な施設および機関をいいます。軍需物資の輸送や電信線の確保などにあたる、戦争には欠かせない拠点です)の妨害を排除する問題とかかわって簡略に書かれているにすぎません。東学農民軍およびその鎮圧に関係する記録は、外務省外交史料館にファイルはあるものの、『日本外交文書』には一点も収録されていません。『坂の上の雲』でも、この農民軍の再蜂起、抗日闘争については、まったくふれませんでした。
 日本政府・日本軍は、朝鮮人を文字通り「血の海」に溺れさせて、「朝鮮の独立」のためにたたかったということになります。 王宮を占領され国王がとりこになっただけではなく、ばくだいな犠牲をはらったこの抗日のたたかい、その民衆的体験、それはいかに皆殺しにあったとはいえ、朝鮮の民族的体験として、忘れようとしても忘れることはできないものであったと私は思います。読者の皆さんはいかがでしょうか。
ーーその他(「全 準(ぜん ほうじゅん)供草」、韓国国史編纂委員会『東学乱記録』)からも引用
(引用おわり)
参考文献 http://kakaue.web.fc2.com/about3.html
参考サイト  http://kakaue.web.fc2.com/about2.html

http://kakaue.web.fc2.com/about3.html


  • [49]
  • (無題)

  • 投稿者:Rag
  • 投稿日:2009年12月30日(水)03時01分5秒
  • 返信
 
>>43
>司馬の歴史認識はいいかげんであり、NHKは坂の上の雲を映像化するべきではなかったと、私も思います

小説だし、歴史観なんて人それぞれじゃね?
そんなことを言ってたら大河ドラマなんて、名前以外はウソしかないしな。


問題は改変された箇所。
オリジナルや改変が無ければ、日本人には楽しめる作品にはなると思うよ。
他国の人間の感情は知らないが。

  • [47]
  • Re:(無題)

  • 投稿者:nenbutsudai
  • 投稿日:2009年12月29日(火)23時05分52秒
  • 返信
 
>>46
虚言を弄する独裁主義者を倒せさん、戦時局外中立と永久中立の区別がついて無いようですが?
もし日本が、「(戦時)局外中立を宣言した朝鮮を軍事占領した」のなら非難されて当然ですよ。

>日本が嫌なら、局外中立などと言わずに「ロシアの植民地になる」「清国の属邦化を進め、内政自治を放棄する」と言った方がまだマシだった。
※いや、実際は日本と日韓議定書を結んだわけですが。

>当時の朝鮮はどこかの植民地にならねばならない運命だった。
※いや、だから独立維持のために大韓帝国は日韓議定書を結び、日本はその独立を「確実に保証」したはずですが。
日韓議定書第三条をお読みになりましたか?

  • [45]
  • ご回答、ありがとうございます

  • 投稿者:nenbutsudai
  • 投稿日:2009年12月29日(火)20時42分54秒
  • 返信
 
>>44
ご回答、ありがとうございます。
リンク先を読ませていただきましたが、中塚氏の主張ばかりで根拠のある史料が提示されていないのが残念です。
しかもその主張には納得しがたいものが多々あります。たとえば

>東学農民の第二次蜂起大量虐殺が特筆すべきひどさです。(中略)司馬はまったく触れていませんが、計五万人以上が虐殺されている。しかも竹槍程度しかもたない民衆を小銃で皆殺しにした。

第一次蜂起のときには火縄銃などで武装していた東学農民が、なぜ第二次蜂起では竹槍程度しか持っていないのでしょうか?
計五万人以上が虐殺と主張されてますが、日清戦争中にそれだけの虐殺ができるほど日本軍に兵力・物資があったのでしょうか?
また、本当にそれだけの虐殺があったのなら、なぜ朝鮮にいた外国人外交官や顧問は、旅順虐殺のときのように日本を非難しなかったのでしょうか?

おかしな話です。中塚氏は何の史料にもとづいて主張されているのでしょうか?
司馬史観を批判するにしても、もうすこし信憑性のある主張をなされた方が良いと思います。

  • [44]
  • ご参考までRe: ご質問したいのですが

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2009年12月29日(火)17時00分30秒
  • 返信
 
>>43

『坂の上の雲』放送を考える全国ネットワーク
http://kakaue.web.fc2.com/
の12/28記事
http://kakaue.web.fc2.com/base/nakatuka.pdf
の3ページをご参考まで

> みなさんは何を根拠に「日清戦争は朝鮮侵略である」と主張するのでしょうか?
> 教えていただけたら幸いです。

http://kakaue.web.fc2.com/base/nakatuka.pdf


  • [43]
  • ご質問したいのですが

  • 投稿者:nenbutsudai
  • 投稿日:2009年12月29日(火)15時21分14秒
  • 返信
 
司馬の歴史認識はいいかげんであり、NHKは坂の上の雲を映像化するべきではなかったと、私も思います。
ただ、日清戦争を朝鮮侵略と呼ぶには無理があるのではないでしょうか?

みなさんは何を根拠に「日清戦争は朝鮮侵略である」と主張するのでしょうか?
教えていただけたら幸いです。

  • [40]
  • 中国の戦争ドラマ

  • 投稿者:naokora
  • 投稿日:2009年12月29日(火)00時45分22秒
  • 返信
 
中国の戦争ドラマが今もプロパガンダであるのは、歴史知識があれば誰でもわかること。しかしその大多数は日本に輸入されないし、又輸入されても、日本人の多くは知識がないので気づかない。

このよい例が「色戒・ラストコーション」でしたね。この映画は日本ではセックスだけを話題にされたが、その実はしっかりした抗日意識の肯定映画になっていた。中国人はセックスに溺れる事があってもその根底には強い抗日意識がある、それが当時の中国人なんだと訴えていた。

それを日本の映画評論家は誰も指摘しなかった。その理由は思想の問題ではなく、知識の問題でしょう。中国の抗日映画を系統的に見ていないから、その表現に気づかないのでしょう。中国映画を批判したここの投稿者も同じでしょう、映画を見ずにただ頭でっかちの思い込みだけで書いている。

中国映画でもNHKの戦争ドラマでも、これだけ映像メディアの影響力がある現在に、多くの日本人にこうしたメディアへの理解・映像理解力が欠けているのが怖いものです。

本当に困ったものです。

  • [39]
  • 坂の上の雲

  • 投稿者:naokora
  • 投稿日:2009年12月29日(火)00時32分44秒
  • 返信
 
NHKのドラマ坂の上の雲が「ミリタリズムでない」などという馬鹿な感想が書き込まれることに非常に恐怖を感じますね。

そういう感想を持つ人は、何が戦争肯定なのか、を理解できないのでしょう。戦争を肯定するにも否定するにも、それなりの知識がいる。しかし視聴者の圧倒的多数はそうした知識を持たず、非常に表面的なものだけを見ているのでしょう、

・・・それは主に演出面のみだけ。演出とわかる部分でどう描くか
だけを見て戦争肯定か否かだけを、判断している。


しかしそれは完全な間違いで、戦争を推進するのは、まずその戦争が国民にとって必要だと納得させる必要があり、それには事実の認識が大事です。戦争中のアメリカはそれを映画でやった。有名なプロパガンダ映画の目的はそれでした。

NHKが今やっていることはこれに近い「日清・日露戦争は日本の発展のためには必要だった」「戦争はある意味仕方がない」

しかしこれは完全な間違いですね。実は司馬の「事実」認識は、提灯行列をやった当時の認識でしかない。それは今歴史家の研究でわかること。


視聴者は残念ながらとても怠惰で受身的で、無知で、NHKに騙されてもまったく気づかない。そういう事ですね。

  • [38]
  • 視聴率上がらず

  • 投稿者:KHN
  • 投稿日:2009年12月28日(月)11時14分5秒
  • 編集済
  • 返信
 
初回(11/29)17.7%  二回目(12/6)19.6%  三回目(12/13)19.5%
四回目(12/20)17.8%
五回目(12/27)12.9%

いろいろと事情はあるかもしれないけれど、単純に数字だけ見れば惨々な結果。

最近の大河ドラマ視聴率(初回/期間中の最高/期間平均)は以下の通り。

放送年 番組名  初回/最高/平均
2009年 天地人   24.7/26.0/21.2
2008年 篤姫    20.3/29.2/24.5
2007年 風林火山 21.0/22.9/18.7
2006年 功名が辻 19.8/24.4/20.9
2005年 義経    24.2/26.9/19.5

  • [37]
  • (無題)

  • 投稿者:NHKななしさん
  • 投稿日:2009年12月25日(金)13時01分1秒
  • 返信
 
中国の愛国ドラマなんて坂雲の比じゃ無いミリタリズム礼賛なのに何故か非難しない左翼

  • [36]
  • 坂の上の雲---原点に戻って

  • 投稿者:KHN
  • 投稿日:2009年12月24日(木)11時41分58秒
  • 返信
 
坂の上の雲の放映にあたり、内容がミリタリズムだとか、そうではないとか、議論がイデオロギーの対立の様相を呈してきていますが、もう一度「NHKの問題」の原点に戻る必要があるのではないでしょうか。
 それは、司馬遼太郎が生前頑なに映像化を拒否し、遺言にまで残した「映像化拒否」の意思&遺志を無視し、司馬遼太郎が亡くなるや否や直ぐに遺族を口説き落とすというやり方です。
 小説の内容がミリタリズムであるか否かに係わらず、作者の意思&遺志を尊重する態度が必要だと思います。遺族が承諾すればそれで良い、とするNHKの経営姿勢こそが問題だと思います。

  • [33]
  • NHKドラマ「坂の上の雲」の過剰宣伝に違和感:山本一太

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2009年12月22日(火)18時58分16秒
  • 返信
 
いくら何でも「坂の上の雲」の番組宣伝が多過ぎると思うのは自分だけだろうか?(苦笑) 複合不況に見舞われているテレビ業界は、ほとんど「NHKの独壇場」という感じになっている.
http://kakaue.web.fc2.com/index.html#itta

  • [32]
  • 坂の上の雲  視聴率

  • 投稿者:KHN
  • 投稿日:2009年12月21日(月)16時56分11秒
  • 返信
 
初回(11/29)17.7%  二回目(12/6)19.6%  三回目(12/13)19.5%   四回目(12/20)17.8%

最近の大河ドラマ視聴率(初回/期間中の最高/期間平均)は以下の通り。

放送年 番組名  初回/最高/平均
2009年 天地人   24.7/26.0/21.2
2008年 篤姫    20.3/29.2/24.5
2007年 風林火山 21.0/22.9/18.7
2006年 功名が辻 19.8/24.4/20.9
2005年 義経    24.2/26.9/19.5

  • [31]
  • 吉田松陰をどう見るか、坂の上の雲をどう見るか

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2009年12月21日(月)12時31分57秒
  • 返信
 
http://zenmei.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-628c.html
吉田松陰は明治維新の思想的指導者で反権力の闘士として教えられてきた。韓国では朝鮮侵略の思想的指導者となっている。松陰は神話で存在そのものが疑問視されている神功皇后、残虐で結局は大敗して引き上げた豊臣秀吉の朝鮮侵略を美化している。これが日清、日露戦争の思想的背景だ。吉岡吉典さんの渾身の遺作「『韓国併合』100年と日本」にはこのあたりの史実も詳しく展開されている。日本が21世紀世界の平和のために先頭を切って走りきるためには、これらを明確に認識する必要がある。正しい認識に基づいて21世紀の日本を創っていくための思想的準備が必要だ。改めて吉典(きってんさん・・愛称)に敬意をささげる。

 これと引き換え日清、日露の戦争を美化している司馬遼太郎の「坂の上の雲」今晩NHKのドラマもあるが厳しい批判の目を光らせる必要がある。21 世紀を展望した平和日本の建国のための思想的試練だ。坂の上の雲から転落したのが太平洋戦争で敗北した大日本帝国だ。戦争のない世界を作るのはなかなかの大事業だということを改めて認識する。歴史研究の大切さも痛感する。命ある限り最善を尽くしたい。

  • [30]
  • 坂の上の雲見ました(感想)

  • 投稿者:sashikataメール
  • 投稿日:2009年12月21日(月)11時41分7秒
  • 返信
 
私は司馬さんのファンではありませんが作品そのものは面白いので比較的沢山読んでいる方です。ただしオモシロイと思うところだけの拾い読みです。
小説でも何でも書いたものはすべて拾い読みに徹しています。目次だけはよく読みます。

テレビドラマは興味がなく殆ど見ませんが特にこの時間帯は毎回見ている「日曜美術館」と「N響アワー」に重なりますので見られません。有料のオンデマンドで見るほどのドラマではないと思います。

しかし、監視する会の主査の先生から「一度見てみろ」というお達しなので初回と次の回少しだけ見ました。なかなか面白そうな、カネと時間をかけた単なるテレビドラマとしか映りませんでした。娯楽番組の域を出ておらず先生方がご心配の戦争美化とか偏向ドラマとは感じませんでした。この程度のドラマで感化されたり洗脳されるほど国民はバカではありません。

表現の自由の問題もあり、騒ぐほどのことではないというのが私の率直な感想です。

ただ潤たくなカネに任せて人気俳優(例えば本木さんのような)を数多く揃えコマーシャルで視聴率を上げようとする魂胆こそ問題だと思います。こんなことに我々視聴者の受信料をジャブジャブ使うNHKの体質の方がよっぽど問題にされるべきだと強く感じています。

http://www.toshima.ne.jp/~esashi/


  • [29]
  • 感想追加

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2009年12月20日(日)23時56分33秒
  • 返信
 
さくらもちモチ: 感想:NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」第4回 日清 ...1時間前 投稿者: さくら
感想:NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」第4回 日清開戦 [テレビドラマ感想] [編集] · NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」の感想です。 今回は第4回「日清開戦」です。 私は司馬遼太郎先生の原作を読んでいません。 以下の記述にはネタバレを含みます ...
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スペシャルドラマ 坂の上の雲 第4回 日清開戦 - レベル999のマニアな ...2時間前 投稿者: レベル999
まさしくNHK本気出してます。 すっごい戦闘シーンは迫力満点! 始めの40分くらいはもう釘付け状態! 20分過ぎくらいまで主役の3人がまるで登場しなくてもまったく気づかなかったしぃ居なくても全然違和感なかったしぃ。 しかも登場人物がゴージャス!...(2009 年12月20日 20時37分07秒 ... 日清開戦といながら、日清戦争を終戦まで書いてしまった。そして、このドラマの、この物語の本題「日露戦争」へと。。かなり重さのある話だった。。スペシャルドラマ『坂の上の雲』 第4回 「日清開戦」 ◆キャスト◆秋山淳. ...
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スペシャルドラマ 「坂の上の雲」 日清開戦 雨ニモマケズ 風ニモマケズ ...2時間前 投稿者: 雨ニモマケズ 風ニモマケズ
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」第四回「日清開戦」. いよいよあれですね、1894年!1894、いや苦心した日清戦争!そうそう、かの食品会社の日清の社名は別に日清戦争とは関係ないんだそうでビックリ。それ以上に、日清と名のつく製粉、オイリオ、 食品の ... 坂の上の雲~第4回 感想「日清開戦」. 坂の上の雲ですが、日清戦争も始まり山本権兵衛(石坂浩二)、乃木希典(柄本明)、小村寿太郎(竹中直人)。森鴎外(榎木孝明)、大山巌など歴史上の偉人が次々出てきますが、李鴻章に袁世凱までいます。 ...
http://ryisakurao.at.webry.info/200912/article_23.html

  • [26]
  • いろいろな感想がありますね。

  • 投稿者:管理人
  • 投稿日:2009年12月18日(金)22時02分26秒
  • 返信
 
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NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」第二回「青雲」 真田のよもやま話/ウェブリブログ
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NHKドラマ 坂の上の雲「国家鳴動」(第1部 第3回)見ました|親愛なる人に-読書の薦め
http://ameblo.jp/shinainaruhitoni/entry-10410758342.html
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」 第3回 国家鳴動 - Reichsarchiv ~世界帝王事典~
http://nekhet.ddo.jp/item/1531
さくらもちモチ: 感想:NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」第3回 国家鳴動: So-netブログ
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「坂の上の雲」NHKスペシャルドラマ第3回 - 郎女迷々日録 幕末東西
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