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中学生の性が大荒れの恐れフジテレビ放送中、松竹映画上映中、保護者に警報「赤い糸」リポート19

 投稿者:評価 大志尊徳  投稿日:2009年 1月24日(土)13時07分37秒
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  とても考えられない「赤い糸」は、ドラマ自体がばかだろ ドラマは芽衣が高校生になった時から急激に正常化して性描写も少なくなっている。芽衣のようなことを行うと普通は高校進学はできない飲酒や喫煙でも駄目だがセックス、レイプ、妊娠、中絶とこんなに問題の多い子を引き取る高校があるわけはない。芽衣が高校生になった時のドラマのあらすじは『<赤い糸 -destiny-のあらすじ> 時は流れ、芽衣は高校2年生になった。芽衣の親友の優梨に子供が生まれ、昔の仲間たちが集まることになった。そこで芽衣は、新しい恋人と一緒にいるアツシの姿を見つけ、心を痛める。もう気持ちに迷いはないと思っていたはずなのに、再び動き始める芽衣の運命。やがて、父親ががんに冒され、芽衣は落ち込んでいたが、手術が成功し安心する。手術の帰りに立ち寄った神社の絵馬にはアツシが芽衣の父親の無事を祈る言葉がつづられていた。その言葉を見て、アツシへと心を動かされる芽衣。その後、芽衣がドラッグパーティーから持ち帰ったヤクを、かつて芽衣と一緒に輪姦されてしまったことのある親友の美亜が使ってしまい薬物中毒に陥る。芽衣は薬中になってしまった 美亜への対応に悩みつつ、アツシの彼女の麻美からの嫌がらせにも苦しめられるようになる。
やがて芽衣は、麻美と別れたアツシと正式に付き合うようになるが、境界性人格障害である麻美の嫌がらせは止まらなかった。麻美は、経営がうまくいかないアツシの母親の店への融資の件や、芽衣の輪姦事件をネタにして、なんとかして芽衣とアツシを別れさせようと画策する。しかし、目の前で芽衣を救うために車にはねられたアツシを見て、麻美の嫌がらせは止まる。そののち、芽衣とアツシの二人は見事結ばれる。物語の最後に、芽衣の本当の両親の話が語られる。アツシは自殺した芽衣の実母のホステス仲間の子だった。運命の赤い糸って…きっとある気がする。』エンドは「恋空」とは逆のハピーエンドであり感動は薄れる。 糞ドラマなので。かなり視聴者離れた。ケータイ小説時点で期待できない人も多かったんだろう。最近スタートのドラマは中学生や高校生のドラマはラブレターで人々はおなかいっぱいになってきている。現実の教育現場では起こらないことばかり描くNHK教育テレビの「中学生日記」の非難もひどい。「天才てれびくんMAX 中学生特集木曜生放送うきうきラブアワー」への非難も大きい。まだ未成年のタレントを今は屋は苦から汚しすぎている。また小説では東京だったらどこでも明るくて人がいるから駐車場でレイプなんかありえない。すぐに他人に気づかれてしまうのだ。ドラマも現実離れの矛盾が多く「コドモのコドモ」のようなファンタジーで逃げている面が小説を読破してわかり実話という言葉がファンタジーの上に乗っかっている恐怖感を私は覚えている。ケータイ小説(笑)って レイプや妊娠やクスリや病気や自殺ってのが本当にあったことです。と書かれているのが特徴である。私もケータイ小説の有害さを危惧してケータイ小説も読めてインターネットもできるケータイを持っている。溝端は避けられているどこが良いのかわかんない。加えてあのヒロインでもない物語がつかみにくい。 初回から中学生のドラッグや深夜徘徊とまともな青春ドラマにはならない。 1話目は中学生の発達段階ではシャレにも恋愛ドラマにならない。NHK教育テレビの「中学生日記」でもひどい非難が出ているのだ。この先どうドラマ化されるかはわからないがスイーツなドラマは初回から壊れている。映画絡みでこの時期に初回にした意図ははっきりとわかる。しかし、時期は新番組見ようって気には人々はならないのである。商業ドラマ臭、少しは消さないといけない。 最初からテレビドラマと映画化同時並走は成功例はSFしかケースがない。 映画公開の後の視聴率がどうなるかも気がかりである。映画が「恋空」の要の甘利に性描写が露骨だとテレビドラマは映画の後は保護者が子供に見せたくない番組に指定して視聴率は必ずダウンする。 番宣とかCM(コラボのつもり?)とか ごり押しとか映画への集客とか そんなのばっかり目についてイヤになるドラマだ視聴者をナメてる。 『恋空』みたいに、映画大ヒット → ドラマ化でも、あんな悲惨な視聴率だったのに、これじゃ、ドラマも映画も悲惨な事になりそうな気がする。問題は中学生という低年齢の過激なセックス、レイプ、妊娠、中絶、飲酒、ドラッグと有害な情報を注ぎ込む要素しかないからだ。 もう、携帯小説のドラマ化自体、良識ある人々からは飽きられてる。また小説最悪すぎる。主人公に全く共感出来ない。主人公はただのヤリマソ。あっくんはただのヤリチソ。という感覚の物語でしかない。途中のドラマは映画を見ても性的な描写の部分に目がいき中学生や高校生は見やしない。また「恋空」「コドモのコドモ」のようにロリコンファンのほうが多いことも考えられる。「コドモのコドモ」は映画がこけたが90%が中年独身男性のロリコンであることがアンケートで分かって映画会社も驚いている。携帯小説でも僕たちと駐在さんみたく身近で素朴なのなら良いんだけど ただの腐女子目線だと引かれても仕方ないと思う。原作読んだときは舞台に田舎を想像してたがドラマでは舞台東京だ。 東京であの話の展開はありえない。田舎でも今では「赤い糸」の話の展開は起きない。 2回目はハチワン子供の時に麻薬である。

引き続き警戒、まだ11館が上映中、純真な小学生の青い性を破壊する悪魔の映画気をつけよ保護者達「コドモのコドモ」上映中18

10才の小学生同士の性交で妊娠という設定自体にも億な無理がある。しかも5年生になればみんな子供が作れる体になりうちの子も子供を作ってもおかしくないという性教育的にも大きな誤りのメッセージがある。コドモのコドモ」を見たは私は非常に悪質な作品だと思います!タイトルは『コドモのコドモ』だけど、大人向けの内容だと思いました。今の世の中をまったく表現できていません!!子供たちは優等生風であり現実の子供らしくなかった。ちょっと変なことを言ったら仲間はずれになっちゃうとか。弱いといじめられるとか。こーいうのは昔もそうだったと思うけど。子供の世界はまったく表現できていないと思う。それに、大人の世界も。情熱はあるんだけど、いまいちうまくいかない若手教師とか。モンスターピアレンツ的発言もありましたね。親側の。勝手なことばかり言って、人を助けたり、支えようって気持ちがまるでないのは、今の世の中にもあてはまりません思いました。昔も今も親が子を思う気持ちは変わりません。八木先生は現実にはいない教師で現実の世界なら即、首になります。親のモンスターピアレンツ的発言が本当は現実的です。さてさて。肝心のはるなちゃんはとても子供らしくてかわいかったですがかわいいぶんこの映画はマイナス要因に働いた。身長が132cmしかなかった5年生では出産は帝王切開手術でも命がけになり大変なのです。出産状況からは母子ともに即死状態になるはずですがこれが安産なのであきれてものが言えません。語尾に~だし ってつくのが今時ですかね。子供は子供だから、後先のことまで考えられないけど、でも、その時その時一生懸命になってみんなで協力していく姿はこれは思い返せばまねをすると大変な危険なゲームになる思いました。子供には見せられた映画ではありません。心の中に怒りが爆発する映画でした。お母さん役の宮崎美子ほど自分の娘の妊娠に全く気がつかない悪質な母さんです。デトロイトメタルシティの時もいいお母さんとは大違いです。笑顔がステキな、あんなお母さんとは裏腹に悪質なお母さんに腹が立ちます。日本では14才の出産は悪魔の教育となった性教育の影響で激増している。1970年は9件だったが2006年は42件、2007年は43件だが小学生の出産はここ十数年間も起きていない2007年の43件は中3の14歳と中2で41件、中1が2件あったが小学生の出産は0件だった。中3の14歳と中2は毎年40件前後、中1は毎年2~5件の少女の出産が起きているが、小学生の出産は0件である。起きていない問題にもならないことを映画化して申告に問いかける事態が「コドモのコドモ」は大きな問題があると思う。産んだ後どうなるのか、あの女の子は、あの父親の男の子の人生は男の子が18歳になるまで2人は待ち続け、必ず結婚するのかどちらかの親が不自由なく育てればそれでいいのか赤ん坊はどんな環境でどんな問題を抱え、どれだけの精神的ダメージを受けながら育つ可能性があるのかとりあえず赤ん坊を死なせるような事が無ければそれでいいのか?人とは、社会とはそれでいいのかそれらを思えば、子供たちが協力して子供を取り上げるシーンが素晴らしいなど簡単には言えないはずだ、まともな大人なら。自分の子に性の目覚めるままに行動させ、生きさせて、責任も何も考えさせないのか。子供に良い映画だったと言うのなら産む事=命を大事にする素晴らしい行いだなどと考えさせるのは止めてもらいたい。これを見た小学生中学生に、「私ももし妊娠したら産みたい」なんてセリフを言わせるのではなく自分の歳で「もし妊娠したら…」などという事は絶対にあってはならないんだと教えてほしい。一つの命に責任を持って自分で育てていく事が大切であるからこそです。たとえ真剣にお互いが好き合っていても、今その思いのままに性行動する事、妊娠する事は愛でも何でもなく、互いを思いやれない無責任な行為なのだと私は子供に教えたいと思う。そのような事を考えました。この映画は大人の不甲斐無さはそれなりに描けていたけれど何かもう一つ抉れていない事と見る子供に、最後まで「命」が大事ならこうなってはならない本当に「命」と「自分」を大切にするならばこれではいけないという事がいまいち伝えられない表現のままでなにか、「これでもいいのだ」といった感じで美化したままに終ってしまったのが残念だと、私は思いました。。「コドモのコドモ」が「14才の母」と同じような結果を招き小学生の性が暴走して性の対象が中学生から小学生に降りるとどうなるのだ。これは許せない映画だ。文部科学省も教育再生会議も今後は小学生や中学生の妊娠や出産映画を描かないよう制作会社に呼びかけてほしいものだ。「コドモのコドモ」が「14才の母」と同じような結果を招き小学生の性が暴走して性の対象が中学生から小学生に降りるとどうなるのだ。これは許せない映画だ。文部科学省も教育再生会議も今後は小学生や中学生の妊娠や出産映画を描かないよう制作会社に呼びかけてほしいものだ。結局「14才の母」は中学生の出産美化ドラマになってしまい「命の尊さ」どころか虐めや自殺もこの時期に激増して「14才の母」放送後の中学生の性の暴走はどどまるを知らない14才以下の出産も2006年の42件から2007年は43件に増えた。ただ幸にも出産した少女は全員が中学生だったことだ。小学生の出産は0件だった。「コドモのコドモ」は原作漫画が自体が駄作であり現実性もなく小学生の出産美化どころか小学生の出産推奨ドラマになっている。今後何かの拍子に小学生の出産が一件でも報告されると大変な事態になる。
 
 
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