• [0]
  • NHKドラマ「坂の上の雲」感想・投稿・意見交換掲示板

  • 投稿者:管理者
 
(「坂の上の雲」放送を考える全国ネットワーク)投稿用掲示板
なお、特定の個人、団体への誹謗、中傷、および品位に欠けるものは削除させていただきます。
ブログ→
http://kgcoms.cocolog-nifty.com/

HPは http://kakaue.web.fc2.com/

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*内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
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sage

  • [159]
  • 日中平和を考える会

  • 投稿者:小林哲夫
  • 投稿日:2013年 3月 4日(月)18時11分14秒
  • 返信
 
みなさま
中国との関係はどんどん危険になっていて、戦争が起こるかもしれない、という声が高くなっています。
いまこそ戦争反対の声を上げるべきだと私は思います。

そのために何をしたら良いか?よくわからないのですが、とにかく何をしたら良いか?ということを話し合う会を持つ必要があると思います。

私は下記のような会を計画したので、都合のつく方のご参加を期待しています。
参加できない方も、それぞれ独自の活動を期待しています。

今後お互いに連絡し合って、進めたいと思うのですが、如何でしょうか?

連絡をお待ちします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日中平和を考える会
                     第一回例会のお知らせ

中国と戦争になるかもしれないと心配されていますが、戦争は絶対にしてはいけない、と思います。
戦争をしないようにするには、何をしたら良いのか、よくわからないのですが、とにかく戦争にしないために、何をしたら良いのか?を考えることから始めたいと思います。
集まっていろいろ話し合う会です。
日時;2013年3月10日(日曜) 午後12時半から
場所;キリスト友会東京月会
   (通称フレンド教会;但しこの場所を借りるだけで、宗教とは関係のない会です。)
住所;東京都港区三田 4-8-19

主催; ピース ビルド 21
連絡; 電話047-022-1172(田中方)
  ;  郵便 〒294-0034 館山市沼1580 田中気付
  ;  Eメール peacebuild21@yahoo.co.jp


  • [158]
  • 今こそ戦争に反対するとき!

  • 投稿者:小林哲夫
  • 投稿日:2012年10月31日(水)13時00分22秒
  • 返信
 
一ヶ月前に、「今こそ戦争反対の声を上げなければ・・」という趣旨の投稿をこの掲示板に上げたものですが、この間全く何の反応もありません。

この掲示板は、司馬史観批判の人が作られたものと思いますが、司馬史観批判の究極の目的は「戦争を防止すること」だと思って、掲示板に参加してきました。

ところがいざ今こそ戦争に反対すべきとき、と思われるときに、この世相を黙って見逃すつもりなのでしょうか?
ぜひとも、一言でも、お考えを教えてほしいと思います。

http://blog.livedoor.jp/kobatetu01-memo/


  • [156]
  • 「戦争反対」を言う人は誰も居ない

  • 投稿者:小林哲夫
  • 投稿日:2012年 9月24日(月)16時50分46秒
  • 返信
 
日中関係は尖閣問題をめぐって、一触即発の危機にあると言われています。
もし野田総理の言ったように自衛隊を派遣したら、当然中国も軍艦を配備するでしょう。そういう事態になったらそれこそどんな偶然で戦争が起こるか解らない、と言われています。
日本が戦後これほど戦争に近づいたことは無い、とも言われています。
これほど戦争の危機が近いのであれば、従来から戦争反対を叫んできた、思想の科学の人々ならば、戦争反対の声をあげそうなものですが、そういう声は一向に聞こえてきません。これはどうしたことなのでしょうか?

「このまま何もしなくても、戦争にはならないでしょう」という人が多いのですが、もしなったら・・・、と心配にならないのでしょうか?
戦争は一度起こってしまうと、途中で止めることは大変困難なものなのですから、少しでもその恐れがあるときは、何かしなければならないのではないでしょうか?

安保闘争、ベトナム反戦、護憲闘争などなどで、進歩的知識人といわれる人々は「戦争には絶対反対」、「再び戦争をしてはならない」と叫んできました。
考えて見ますと、それらの時に問題としたのは、直接的には、安保であり、ベトナム戦争であり、憲法と言う具合でしたが、真の目的は「戦争反対」にあったはずではないでしょうか?

それにもかかわらず今本当に戦争そのものが近づいたときに、「戦争反対」の声が聞こえないのはどうしたことなのでしょうか?

こんなことでは、あの時本当に戦争反対の気持ちがあったのかどうか、疑わしくなって来ます。

今何もしないでいたら、今まで我々が考えてきたことは一体何だったのか?と疑問に思えてきます。

この掲示板の本当の目的も、戦争に反対することにあるのではないでしょうか?

何かしなければならない、というご意見を聞くことが出来ないか?と思い、この掲示板に書き込みました。

以上


http://blog.livedoor.jp/kobatetu01-memo/


  • [153]
  • 戦争を防止するための議論

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2012年 1月10日(火)08時50分23秒
  • 返信
 
YOUさん 無理に書かせてすみませんでした。

>(YOUさん)意義のある戦死などとは書いてません。

誤解してすみませんでした。

>(YOUさん)戦争に駆り出された人間が思う事は、生きて祖国に帰りたい、家族に会いたい、それしかないとも思ってます。

全く同感です。

>(YOUさん)でも大きな力には勝てない、という思いが今支配してます。

これも同感です。

>(YOUさん)論争も戦いも嫌なのです。

YOUさんは、全く人格円満な人なのだと思います。

私はお恥ずかしながら、戦争を防止するためには議論をしなければならない、と思っている、未熟者です。

またそのうちよろしくお願いいたします。



http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [152]
  • Re: 無益な戦死

  • 投稿者:you
  • 投稿日:2012年 1月 7日(土)16時56分3秒
  • 返信
 
>小林様
何度も、及びかけがあったので書き込みます。
> 「アジアの人々に希望を与えるために戦死したのだから、意義のある戦死であり、その意義に満足して下さい。」というのですか?
そんなことは、思ってませんし、意義のある戦死などとは書いてません。
203高地という映画で、あおい輝彦が乃木に対し、「兵隊には、軍記も軍指令も関係ありません、灼熱の火の中で、鬼となって焼かれる苦痛があるがだけです」というシーンがいまだに頭の中にあります。戦争に駆り出された人間が思う事は、生きて祖国に帰りたい、家族に会いたいそれしかないとも思ってます。

>意義を見つけるために苦労をしているように見えます。

意義を見つけるとかそんなに難しい事ではなくではなく、結果論として、そういった側面もあったんだなという事を知ってたので、肯定的に見えたなのかなという意味で書いただけです。
ただ、曾祖父が義務とはいえ、一兵卒として、あんな恐ろしい戦争に、行き戦い末に大怪我までして、戦った事は、僕には出来ないことだ、大変だったなと、子孫として思ってるだけです。
戦死した人たちのご親族は、きっと悲しくつらく、その後の生活も大変だったと思います。 でも、アフガンからの帰還兵のように、曾祖父、祖父も又貧しく、祖父の兄弟も病院に行けず死んだと聞かされてます。戦死した家族だけでなく、帰還兵も膨大軍事費の犠牲になりました。
なので、苦労して、意義を探すとかそこまでして、戦争を美化などしません。

小林様が書かれた、「ワールドカップで日本がイギリスに勝ったら、韓国人が喜んだ、と言う程度の他愛ない話にすぎません。」僕もそう思います。歴史は、後ずけで為政者の都合のいいように書きますから。

>「あなたは無益な戦争で戦死したのです。そのことを貴重な経験として、私達は記憶に止めて、今後の日本がそういう無益な戦争をしないよう努力するための出発点とします。と言うことなのですが」
というか、僕は、前にも書きましたがもともと戦争は、反対です。日本のみならず、すべての国がそうならない様ずっと考えてきました。 でも、現実は、テロと戦争ばっり。

小林様の「努力するための出発点とします。と言うことなのですが」についてですが、
努力がどういった行為指し示すかわかりませんがそういった、思いは、ずっとあります。

全ての、今回の文書に書きましたが、原発問題が起こって以来、虚しさあります。 一個人の力なぞ無きに等しいと思っている最中で、あまり、難しく考えず、精一杯、一日一日を生きていこうという思いに至りました。

この掲示板が「坂の上」の物なので、頭の中で、ロシアを(巨大な敵=事故の当事者イコル―なりました)、日本を(一市民)という事に置き換えて書いてしまいました。するべき戦争ではなかった。日本側から起こしたという発想がなかったので・・・。  今起こってる、子供たちの被曝に対して、腹が立ってどうしようもありません。 今、私の思いは、戦争と同様に、苦しめられてる子供たちがイコールになってます。
どんな戦争も、どんな事件、事故でも犠牲者は、弱者(子供であったり戦争では、踏みにじられた国)という考えです。うまく書けずまた誤解を与えてしまうかも知れませんが。でも大きな力には勝てない、という思いが今支配してます。  私は、小林さんの言うようにいろんな意味で「戦死」しました。 もう、考える事は、止めにします。
論争の為に来たのではなく、自分の知らない見方を知りたくて書き込んできました。

 なので、論争も戦いも嫌なのです。 どちらも、強いほうが勝からです。 私の能力では、これ以上は書き込むものがありません。



失礼の段、お詫びします。


  • [151]
  • 無益な戦死

  • 投稿者:小林哲夫
  • 投稿日:2012年 1月 7日(土)07時43分12秒
  • 返信
 
YOUさん 追加します。
YOUさんは、「日露戦争は、無益な戦争だった、とは思うが、アジアに人々は日本の勝利によって、希望を持てたこと、も事実である。」と言っています。
今坂の上の雲を見て、そういう感想をいう日本人が多いので、一言付け加えます。
あなたは日露戦争で戦死した兵士や残されたその家族に対して、「アジアの人々に希望を与えるために戦死したのだから、意義のある戦死であり、その意義に満足して下さい。」というのですか?
YOUさんは、戦死した兵士に対して、あなたは無益に死んだのではない、と言いたいために、いろいろと意義を見つけるために苦労をしているように見えます。
しかしそういう発想では、全ての戦争は意義があることになり、戦争は永遠になくなりません。
私の気持ちは、「あなたは無益な戦争で戦死したのです。そのことを貴重な経験として、私達は記憶に止めて、今後の日本がそういう無益な戦争をしないよう努力するための出発点とします。」と言うことなのですが、如何ですか?


  • [150]
  • アジア人の希望のために命を掛けられるか?

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2012年 1月 5日(木)18時17分17秒
  • 返信
 
YOUさん お返事有難うございます。

>(YOUさん)『孫文が「この戦争により、白人は、アジア人を見下さなくなった、他のアジア人の地位も向上させた、とか』『ネルーがイギリス行の船の中で、日露の戦争の記事を喜び見た、アジア人のアジアという考えに至った、とか』『アメリカの黒人、アーチボールドが、「汝は、ロシア人以外の人の誇りを、打ちすえられた」という事』を、本とか何かで知り、すべき戦争では、ないにしろ、アジア人(有色人種)や、差別されたり、植民地の人々に希望を与え、ロシアの農奴解放にもなったと、考えておりました。

YOUさんの上の見方は、その通りだと私も思っています。
つまり『「すべきでない戦争」では有ったが、アジアの人々に希望を与えた事は事実だ』と私も考えています。

私が言いたいのは、アジアの人に希望を与えるために数万人の日本人が戦死した事をその理由によって肯定するような考えは、人命の軽視だ、と言うことです。
「日本人が多数戦死したことは事実だが、その戦死のお蔭でアジアの人々は希望を持てた」という言い方は、戦死した人を侮辱していると思いませんか?

兵士達は日本を守るために、と思って命を掛けたのに、アジアの人々に希望を与えるために戦死した、などとごまかされています。
日露戦争を戦った兵士の心の中に、アジア人の希望の事などあるはずがなかった、と思いませんか?
「アジア人の希望」と言うのは、現在の日本人が日露戦争を正当化するために、持ち出した、とってつけたような小理屈に過ぎません。
ワールドカップで日本がイギリスに勝ったら、韓国人が喜んだ、と言う程度の他愛ない話にすぎません。
命を掛ける価値など全くありません。

昭和の時代の大東亜共栄圏の思想も同様です。

大東亜共栄圏を作るために何故中国と戦ったのか?誰か説明できる人がたら、お願いしたいものです。

アジアのために戦った、と言う理屈ほど偽善的な言葉は無い、と私は思います。

イラクの民主化のためにアメリカはイラクと戦争をした、などという理屈と同じで、誰も信じる人は居ない、偽善です。






http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [149]
  • 小林様、色々有難うございました。

  • 投稿者:you
  • 投稿日:2012年 1月 5日(木)14時45分0秒
  • 返信
 
誤解のないよう申し上げますが、私は、戦争を賛美したりする者ではございません。 ミッション系のスクールに通い、第二次大戦中の軍部によるキリス教への弾圧も、知っております(先生からの話)。なので、戦争という人と人が殺しあう事は、大反対です。 本来、争い事が嫌いな性格です。 学生時代も、どちらかといえば、左翼的考えでした、大学も友人も、それにより父と大喧嘩になったくらいです。でも時代は、バブル期、真面目に社会問題を話そうという人は、少なくなった時代でした。

小林様がおっしゃる、「するべき戦争ではない」というのは、日露に限らず
すべてそうだと思います。

ただ、私の中には、「するべき戦争ではなかった。日本側から起こしたという発想は、ありませんでした」一度、考えてみます。

孫文が「この戦争により、白人は、アジア人を見下さなくなった、他のアジア人の地位も向上させたとか」
ネルーが「イギリス行の船の中で、日露の戦争の記事を喜び見た、アジア人のアジアという考え至ったとか」
アメリカの黒人、アーチボールドが、「汝は、ロシア人以外の人の誇りを、打ちすえられた」という事を、本とか何かで知り、すべき戦争では、ないにしろ、アジア人(有色人種)、差別されたり、植民地の人々に希望を与え、ロシアの農奴解放にもなったと、考えておりました。 朝鮮半島の、植民地化は、その後、図に乗った、人々がしたことであると思っておりました。

なので、司馬史観からの肯定ではありません。 というか、坂の上の雲は、読んでません。
ドラマの感想掲示板ということで、書き込んでいました。

 もし、肯定的とされた、判断の理由は、ここら辺からです。 この後、日本が、破滅の道に進む、第1歩とも、思ってます。

歴史から学ぶべきなのに、「人が歴史から学んだ事は、何も学ばなことだ」
どこかの、哲学者が言っておりましたが、いまそれが、戦争と同様に、あらゆる、歪を生んでいると思います。

日本が、今後、戦争を含めたあらゆる場面で間違いを正す事は必要だと思います。

我々の子孫に、平和で安全な社会を残そうと思っても、戦争以外でも間違いは、あると分かり、今、何を第一に考えるべきかわかりません。日露を含め、今一度、先入観のない目で、物事を考えたいともいます。
 思想も歴史観も、大きな力には勝てないという虚しさがあります。

坂の上の掲示板なのに余計なことすいません。

多分、これからは、掲示版見るだけにします。





  • [147]
  • 失礼します。

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月30日(金)14時56分10秒
  • 返信
 
私は戦争を一方向から見て、必要だとか必要ないだとか考えたくないだけです。
肯定もすべきだと思います。
様々な考えをすることで戦争をしない平和な世界がくると思うのです。
戦争は狂気です。
おぞましい集団心理は南京大虐殺やユダヤ人迫害、日系人迫害、戦後ロシアがした金髪娘を狩れなどの悲惨で辛い歴史をうんでいます。
小林様ならばご存知かと思いますが。
良い人なんて戦争じゃいません。
白黒ハッキリなんて二次元でも今時ありません。
戦争は悲劇しか産まない、そんなの綺麗事です。
実際はもっと複雑な世界があるはずです。
譲れない何かのための戦争も。
多くの方は太平洋戦争を否定します。
私もです。
けれど、考えでは否定だけ考えてはいけないと思います。
乱文失礼しました。

  • [146]
  • Re: 歴史的背景を勉強したら?

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月30日(金)14時47分4秒
  • 返信
 
吉野さま
>(吉野さん)日本は当時帝国主義でしたが、歴史的な背景を勉強したら植民地になるか軍事国家となるか二つに一つの選択肢しかなかった時代というのがわかるはずですよ!

吉野さんはどういう勉強をして、植民地を持つ意外の選択肢はなかった、と考えるようになったのか?教えてください。

最近の研究では、日本は植民地にされる可能性は全くなかった、といわれているのですが、ご存知ですか?

例えば明治政府のトップ、総計107名が、いっせいにヨーロッパに出かけて日本を留守にしました。岩倉、木戸、大久保、伊藤などの政府のトップたちが、1871年から1年10ヶ月もの間、日本を留守にしました。(岩倉使節団)
残された政府の要員は、その間何もするなと言われため、留守政府とも言われました。
もし西洋からの侵略の危険があったならば、こんなのんきなことが出来るはずがありません。
政府のトップたちは、日本にそういう危険は無い、と判断して、1年10ヶ月もの間、安心してヨーロッパを視察したのです。

それをその当時の空気を知らない、現代の日本人(例えば吉野さん)が、植民地にされるおそれがあった、などと信じているのは、どうしてなのでしょうか?

どこかの国の人の文章で、日本を植民地にしようなどと書いたものでも残っているでしょうか?

ペリーやアーネスト佐藤やいろいろの西洋人の書いたものを読みましたが、そんな文章は見た事がありません。

吉野さんが何かご存知でしたら、是非教えてください。

そんなものはあるはずが有りませんから、要するに日本は植民地にされる恐れなど無かったことは明らかなのです。

吉野さまには、もう少し歴史の勉強をお願いします。



http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [145]
  • 必要な戦争、正義の戦争

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月30日(金)14時06分41秒
  • 返信
 
染井さま

>(染井さん)けれど、必要だとも思います。人間の強き思い、日本を思う人々の思いを必要ない、ということになってしまうからです

染井さんの気持ちは、『日露戦争を戦った人たちは、みんな良い人たちで、日本のために一生懸命戦ったのだから、「戦う必要はなかった」などと言っては、失礼になる。』、というものでしょう。
私もその気持ちはよく解ります。

しかしそういう風に考えると、「全ての戦争は、必要な戦い」と言うことになります。

ロシアの兵士もまじめに戦ったのですから、ロシアから見れば、必要な戦争を戦った、となります。

こういう風に、戦争を肯定していては、決して戦争はなくならない、と思いませんか?

必要だったか?必要で無かったか?ということを考えないで、まじめに戦ったのだから、不要だとは言いたくない、と言っていては、全ての戦争を肯定する事になります。

今後起こるかもしれない戦争も、必要かどうかと言うことを考えないで、とにかく戦わなければならない、という気持ちだけで、戦争をしてはいけないのではないでしょうか?

染井さんのように考えると、太平洋戦争も必要だった戦争ということになります。

大部分の日本人は、あの戦争は間違った戦争だった、と考えているのですが、染井さんだけは、あの戦争も肯定できるのですか?

日本軍は南京虐殺と言う酷い事をしましたが、あれをやった兵士もまじめに日本のためにやったのだから、必要な虐殺だった、と言えるのでしょうか?




http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [144]
  • (無題)

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月29日(木)20時16分51秒
  • 返信
 
必要な戦争でもあり、必要な戦争ではなかったとも思います。
すみません、矛盾したものであることはわかっています。
ですが私はどちらでもあると思うのです。
気分を害されるような、未熟で幼く浅はかな考えでしょうが、私は戦争を確かに嫌いです。
憎んですらいます。
ぬちどぅうたから、命こそ宝であるという言葉がある沖縄、琉球が汚されたのも、広島、長崎、チェコ、ドイツ、ハワイ、パラオなどの国々が人々が傷ついたのも戦争のせいです。
人間には言葉というものがあるのに、といつも考えます。
だから、日露戦争も必要ないと考えることができます。
けれど、必要だとも思います。
人間の強き思い、日本を思う人々の思いを必要ないということになってしまうからです。
すみません、乱文失礼しました。

  • [143]
  • 染井さんこんばんは

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月29日(木)19時10分35秒
  • 返信
 
142の投稿にミスがありましたので、訂正します。

>(染井さん)ロシアは本当に戦争の被害国なのでしょうか。

お答えします。
日露戦争について、加害国(侵略国)とか被害国という見方を私はしません。
日本人から見て、あの戦争はする必要の無い戦争だった、と言うだけです。
必要の無い戦争を戦って亡くなった兵士の方々を悔むだけです。

戦場にされた中国、朝鮮については、「迷惑を掛けで悪かった」という反省が必要だと思います。

そもそも日露戦争は、朝鮮を植民地にするための戦争だったわけですから、一番の被害者は朝鮮だったのではないでしょうか?

それにしても染井さんは、日露戦争を肯定も否定も出来ないと書いていますが、その理由を教えてください。
私は必要の無い戦争だった、と思っていて、これは否定の方だと思うのですが、染井さんは私に反対ですか?
つまり必要な戦争だった、という見方なのですか?
是非教えてください。


http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [142]
  • 染井さんこんばんは

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月29日(木)19時07分6秒
  • 返信
 
>(染井さん)ロシアは本当に戦争の被害国なのでしょうか。

お答えします。

日露戦争について、加害国(侵略国)とか被害国という見方を私はしません。
日本人から見て、あの戦争はする必要の無い戦争だった、と言うだけです。
必要の無い戦争を戦って亡くなった兵士の方々を悔むだけです。

戦場にされた中国、朝鮮については、「迷惑を掛けで悪かった」という反省が必要だと思います。

そもそも日露戦争は、朝鮮を植民地にするための戦争だったわけですから、一番の被害者は朝鮮だったのではないでしょうか?

それにしても染井さんは、日露戦争を肯定も否定も出来ないと書いていますが、その理由を教えてください。
私は必要な戦争だった、と思っていて、これは否定の方だと思うのですが、染井さんは私に反対ですか?
つまり必要な戦争だった、という見方なのですか?
是非教えてください。


http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [141]
  • こんにちわ

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月29日(木)18時42分15秒
  • 返信
 
小林様、返信ありがとうございます。
染井吉野です。
私は日露戦争を否定も肯定も出来ません。
それはその時代に命がけで生きた方々だけが出来ることだと思われるからです。
そして、小林様。
小林様の疑問は、考えたこともありませんでした。
私は自然に日露戦争は日本とロシアを巨人と小人と例えた当時の新聞記事や学校で学んだことから、前回の投稿に書いたように巨大な力が日本を脅かすイメージがありました。
小林様にお聞きします。
ロシアは本当に戦争の被害国なのでしょうか。
日本は加害国というだけなのでしょうか。
そして、二つの国に戦場にされた国をどうお考えなのでしょうか。
未熟者ゆえ、小林様にお聞きしたいと思われます。

  • [140]
  • 二度と戦争をしないために

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月29日(木)17時04分17秒
  • 返信
 
北川さま
染井さま、YOUさま、平川さま、斉藤さま、吉野さま

>(北川さま)私の個人的な意見を言えば、必要な戦争などないし、人と人が殺し合うのは、どんな時代、状況であれ愚かなことであると思います。
だからこそ、何故戦争を起こしたのか歴史に学ぶことが必要だと思います。

北川さんのこの文章に全面的に賛成です。

本来,必要な戦争などないのです。
ところが日露戦争は正しい戦争で、その戦争に勝った日本は素晴らしい、と言う人がいます。
TVドラマ「坂の上の雲」を見て、そう感じる人が多いのではないでしょうか?

それは北川さまが書いているように、何故戦争を起こしたのか?歴史に学んでいないからです。
何回も書きますが、TVドラマでも言っているように、ロシアの方は戦争をしたくなかったのに、日本が一方的に戦争を起こしたものです。

何故戦争が起こったか?と言えば、日本が起したからなのです。

日本人は、この歴史を学んで、「これはまずかった、双方で数万人の戦死者を出した責任は自分達にある」と反省する事が、今後の戦争を防ぐために必要なのです。

>(北川さま) この戦争は日本にとっては、その後の日中戦争、太平洋戦争に突き進む端緒になったのであり、・・・・。
>(北川さま) その後の日本の敗戦、ソビエト連邦の崩壊を考えるとやはり戦争など必要なかった・・・・、大事なのはこれからどうしていくかということだと思います。

北川さまのこの考えにも賛成です。

この歴史をしっかりと胸に刻んで、日本が今後二度とあのような間違った戦争をしないことが重要だと私も思っています。



http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [139]
  • 小林哲夫様

  • 投稿者:北川
  • 投稿日:2011年12月27日(火)14時48分19秒
  • 返信
 
まず、基本的なこの小説及びドラマをどう見ているかということにとらえ方の違いがあるようです。

 これは、小説であり、日露戦争が必要だったかどうかを論じるために書かれた歴史論ではないのです。
 私の投稿にも書きましたが、司馬の姿勢は、虚心に歴史上の人物に向き合うということであって、そこに司馬自身の戦争が必要だったかどうか等の意見は書かれていないのです。ただ、言えることは、当時の人々の一般的なロシアは朝鮮にも日本にも侵略してくるであろうという恐怖感に沿った書き方をしているので、司馬自身も日露戦争は必要だったと考える方もいるようです。(司馬史観という見方でしょうか)

 戦争が始まった歴史的な事実経過については、私は専門家ではないので、ここでは発言は控えます。ただ、どんなに当時の文書記録や、詳しい分析をしても同じ時代に生きた人でないと、その時代の真実は分からないのではないでしょうか。議論を逃げるわけではありません。私の個人的な意見を言えば、必要な戦争などないし、人と人が殺し合うのは、どんな時代、状況であれ愚かなことであると思います。だからこそ、何故戦争を起こしたのか歴史に学ぶことが必要だと思います。当時の一般的な日本人は、ロシア人のことを人間以下の野蛮な種族のように思っていたと思います。これは、現代から見れば間違った考えであることは明らかですが、ロシア人と会ったこともない多くの日本人に相手も同じ人間だということはなかなか理解できなかったと思います。欧米の黄色人種に対する見方を変えたということは、事実としてあったでしょうが、それが多くの尊い人命を犠牲にして成り立ったことについては、全ての人道主義者がその犠牲を首肯できないというでしょう。

もうひとつ言えば、歴史にイフは無意味だと思います。もし、日本が開戦していなければとか、考えてもあまり意味がないと思います。
 この戦争は日本にとっては、その後の日中戦争、太平洋戦争に突き進む端緒になったのであり、ロシアにとってもこの戦争が引き金になり、ロシア革命が起き、ソビエト連邦へと繋がっていったという大きな歴史の分岐点になりました。その後の日本の敗戦、ソビエト連邦の崩壊を考えるとやはり戦争など必要なかったという論者もいるかも知れませんが、そんなことを言っても歴史が変わるわけではないので、大事なのはこれからどうしていくかということだと思います。お答えになっているかどうか分かりませんが、私の考えは以上です。


  • [138]
  • 日露戦争は必要の無い戦争だった

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月27日(火)12時33分13秒
  • 返信
 
染井さま、YOUさま、平川さま、斉藤さま、北川さま、吉野さま

皆様、日本のことをまじめに真剣に考えている様子が伺えて、気持ちよく読みました。

さてこの掲示板は、司馬史観批判の立場の人が主催しているものですが、私も司馬史観批判側です。
それに対して、皆様は司馬史観肯定の側と読みましたので、6名の方々を対象に反論を書きます。

まず私は「史観」の議論をしているのであって、司馬氏やその小説を否定的に思っているものではありません。
また今回のTVヂラマ坂の上の雲を3年分全編を見ましたが、すばらしいドラマになっていると感じ、楽しみましたことをまず書いておきたいと思います。
これはコチコチの左翼ではないことを解ってほしいためです。

私の主張は、司馬氏の日露戦争について、歴史認識に間違いがある、という批判です。
司馬氏は日露戦争を日本の防衛戦争であって、ロシアの侵略に対して戦った戦争だ、と書いていますが、これは間違いで、実はロシアは戦争をする気が無かったのに、日本はその当時好戦的な国だったために、有無を言わさず、戦争を始めてしまったものでした。
先制攻撃、奇襲攻撃で始まった事からもそれは解ります。

今回のドラマには、ロシアは戦争をする気が無かった事、奇襲の先制攻撃であったこと、一方的に開戦を決めている、ということが描かれていますから、小説よりは正しい認識が描かれていました。

それにもかかわらず六名の皆様が、この戦争を「日本を守るための戦争だった」と理由も示さずに思い込んでいるのは、おかしいと思います。

どういう意味で、日露戦争がやむを得ない戦争だったのか?を誰か是非説明してほしいと思います。

私は日露戦争は必要の無い戦争だった、と考えていますので、私に反対する人は、必要な戦争であった事を説明してほしいと思います。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [137]
  • 歴史的背景を勉強したら?

  • 投稿者:吉野 太郎
  • 投稿日:2011年12月27日(火)01時11分13秒
  • 返信
 
>>122
>  どう考えても、このドラマは、日本と周辺諸国との友好促進に逆行する。
 そうですかね?どこの周辺諸国の友好促進に逆行するのですか?白人による帝国主義が蔓延している20世紀初頭において人類史上初めて、黄色人種が白色人種の圧力を退けた名誉ある戦いですよ!
 日本は当時帝国主義でしたが、歴史的な背景を勉強したら植民地になるか軍事国家となるか二つに一つの選択肢しかなかった時代というのがわかるはずですよ!
 当時の中国や韓国の指導者達は、自国の舵取りを間違えたために、他国の植民地に成らざるを得なかったにすぎません。
 左派系の教育組合による間抜けな戦後教育で自虐的思想を与えられてしまった日本人に、命がけで国家を守ろうとした祖先を批判する資格はないと思います。
 私は、ドラマでもあるように、命がけで戦った過去の日本人に敬意を表すばかりです。
 真に近隣諸国の友好促進というのなら、日本人は自国を防衛した誇りを旨に臆することなく、堂々と対等に対話をすればよろしい。
 現在の近隣諸国への外交がそもそもが外交ではない。
 

  • [136]
  • 歴史に対する態度

  • 投稿者:北川
  • 投稿日:2011年12月26日(月)10時51分27秒
  • 返信
 
小林様と染井様の議論を読ませて頂き、思うところがあり、投稿させて頂きます。

まず私は、司馬遼太郎の全ての作品の愛読者で、原作の「坂の上の雲」も三十代の頃に読んで大変感銘を受けました。(現在五十代です)

司馬氏のどの作品にも言えることですが、氏は、感情的、情緒的な表現を避け事実(と司馬氏が考えたことも含め)のみを淡々と書いていきます。しかし、それでいて、司馬氏の登場人物への敬愛を感じ、まるでその人物が本当に生き生きと臨場感を持って描かれています。

「坂の上の雲」では、いくつかの心に残った場面があるのですが、私が一つあげれば、秋山真之がバルチック艦隊を破った日本海海戦の最中、艦上で、ロシア軍の攻撃で日本兵が血みどろになって大勢死んでいく様を見て、「この作戦は間違っていたのではないか」「自分は軍人に向いていない」と苦しむ場面です。(正確な表現は覚えていませんが、そういう意味のことが書いてありました)この小説を読んで、司馬氏が日露戦争を肯定していると考える方もいるようですが、良く読めばそうではないことが分かります。戦争が始まるや、いち早く講和に動く小村寿太郎等のことも丹念に書かれています。司馬氏はただ虚心にその時代や歴史上の人物に向かい合おうとしているだけなのです。染井氏の言われるように、この明治という時代を我々の先祖が懸命に生き、ある方々は戦争で命を落とし、その歴史を経て我々は日本で生きています。

私の言いたいことは、日露戦争(に限らないかも知れません)を肯定も否定もどちらもすべきではないと思います。ただ、実際はその時代人が何を考え、どう生きたかを司馬氏のように虚心に見ることでしか、真実に近づけないと考えます。ただ、悲惨な戦争を日本が二度としてはならないし、戦争や徴兵制度を肯定するような勢力とは断固戦っていかなければならない。そして、未だに戦争状態にある世界の国に平和の尊さを訴えていかなければならないでしょう。その為にも、歴史に学んでいかなければならないと私は思います。


  • [135]
  • Re: 申し訳ありません

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月20日(火)22時51分21秒
  • 返信
 
小林様、お返事遅くなりました。
申し訳ございません。
了解いたしました。



  • [134]
  • 高橋英樹さん

  • 投稿者:斉藤
  • 投稿日:2011年12月19日(月)22時20分30秒
  • 返信
 
上手かったですね。
上手な俳優さんが出ると上手い文章を何度も味わうように演技を味わう事ができる事をしみじみ感じました。
ドラマにも深みを与えますね。
あの帝国主義の時代。白人優位の時代。それぞれの国にもはっきりとした身分差がありました。同国人の中にもあり、国と国との間、国民の意識の中にもはっきりとありました。表の政治と政治の裏。
それを丁寧に書いていて(もちろん時間的な制約もあり本には映像は及ばないものですが)見応えがありました。日本は本当に貧乏だったんですよね。ロシアの軍人が毛皮をまとっていたのに日本は綿だった。
戦闘シーンもリアリティがありました。組み合えば180cmのロシア兵に160cmそこそこの日本兵は蹴り倒されたでしょう。死ぬか生きるかになれば手近な物が岩でも何でも武器になり、その場合も腕力のある方が有利です。
へんに戦闘シーンを安っぽく美化せず、リアリティに徹してえがいた事にレベルの高さを感じました。




  • [133]
  • Re: 公共放送の使命を忘れないで欲しい。

  • 投稿者:平川メール
  • 投稿日:2011年12月19日(月)20時19分30秒
  • 返信
 
日露戦争を肯定的にとらえていない国は、韓国(朝鮮)と中国だけですよ。
じゃなきゃ、北欧の国で東郷さんのビールなんか作りません。
あなたのセンスを疑います。
このドラマ観て戦争に肯定的な感想を抱くなんて人は、まともな人の中にはいません。

>>122
>  どう考えても、このドラマは、日本と周辺諸国との友好促進に逆行する。アンケートを取れば、大多数が放送反対のはずだ。なのに、国民から受信料を取って、蛮行するのか。掛けた経費がもったいないのだろうか。止めるのも英断だ。最近のNHKの放送の仕方は、民放の姿勢と余り変わらなくなってきた。
>  放送するなら、即刻アンケートを取って結果を公開すべきだ。

  • [132]
  • 訂正

  • 投稿者:you
  • 投稿日:2011年12月19日(月)16時17分59秒
  • 返信
 
小林哲夫さまのさまが、抜けてました。  すいません

  • [131]
  • 小林哲夫ご無沙汰します

  • 投稿者:you
  • 投稿日:2011年12月19日(月)16時15分32秒
  • 返信
 
日露戦争等を批判的に、見ようと努力しましたが、やはり無理でした。
理由は、どうであれあの戦いにより、有色人種達にあたえた、影響は、すごい、と思いますし、敗れていたら今なお有色人種は、猿なみの扱いだったと思います。

しかし今時代はかわり、新たなる敵は、ファンド・利権にまみれた政治家・経団連、安穏とした、公務員・教師最たるものは、東電でしょう。

戦争という事を、ぬきされば、あの時代の人は、今の私たちより真剣に生きていたきがします。  後年、云々というより事実としてそういう時代があったということのみでいいと思います。

今年の災害・原発により露呈した、この国の悪しき部分、自民も民主もすべての政治的、右派・左派などの思想は、今や、屑のように思います。

昔も今も、民衆は、支配され騙されてます。 しかし、あの時代の方が、貧しくとも誇りがあったと思います。 わが曾祖父も戦った、あの戦を唯の侵略戦争というのは、わが命の否定になります。あの激戦で戦い、負傷した曾祖父を今も、誇りに思います。
 我が子にも、伝えています。 無論、戦争の恐ろしさも含め、ただ、理由は、どうであれ、自国が攻められた時、相手にやられそうになった時、私は、銃をとるでしょう。

小林哲夫さまの見地から見て、戦いのむなしさをしろうとしましたが、昨今
の原発問題を見た時、かつての大日本帝国と同様である感じました。
尖閣の問題は、やはり日露と同じように見えてなりません。

人は、いざとなったら論より、行動に出てしまうかもしれませんが、それが、未熟な人間というものだと思いました。

論をひるがえし申し訳ありません。一兵卒は、犠牲者といわれるかもしれませんが、やはり、辛い、私・祖父・我が子があるのも、曾祖父の勇気のおかげだと思いたいです。

  • [130]
  • Re: 申し訳ありません

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月18日(日)08時43分22秒
  • 返信
 
すみません。
染井さんの問題提起はとても大切なもので、しっかりとお答えする必要があると思います。
大変すみませんが、数日の旅行に出かけるため、お答えが遅れますので、よろしくおねがいいたします。

ところでこの掲示板は、司馬史観批判の方々が主催しているのですから、染井さんのように日露戦争を肯定した考えの人に対してしっかりと説得する必要があるのは、そういう批判派の人々の義務だと思うのですが、それが全然ありません。
批判派の人々は、NHKに抗議していますが、そういうことよりも、染井さんのようなまじめな人の疑問にしっかり答える事のほうが重要だと気がつかないのでしょうか?

いつまでもNHKにこだわっていないで、もっと対話を心がけてほしいものだと、痛感しています。



http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [129]
  • 申し訳ありません

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月17日(土)13時50分48秒
  • 返信
 
生意気にも書き込みをさせていただきます。
小林様、私はあの日露戦争でお亡くなりになった方々の犠牲をあの「程度」などとは考えていません。
犠牲になった方々は、一人であったとしてもその方のご友人やご遺族の苦しみ悲しみ憎しみを考えるべきです。
やむをえない犠牲など、あるはずもありません。
そして、日露戦争ですが。
そもそも「戦争」には、「価値」はつきものだと思われます。
そして日露戦争とは、「国防」という意味合いもあったのではないかと私は思います。
小林様は、「ロシアが防御、日本が攻撃」と書かれていますが考えてみてください。
ご自分の前に、鬼が仁王立ちし右手で刀を持ちその剣先が貴方様の喉下に突きつけられているとしたらどうなされますか?
その場を絶対動けない状況であったとしたら?
そしてそうしながらも鬼が「私は攻撃しないしそのつもりもない」と言いながら笑っていたらどうされますか?
「ああ、そうでしたか。」
と、いいながら何もしませんか?
・・・日露戦争について私は行くどわかりません。
ですが、必ずしも「日本が攻撃」と言えるわけではないことはわかります!
わたしは、未熟ものです。
世の中には、「日本を最低」と思われている方もいると思い「最低な国」と書きましたが、けして本心でかいたわけではありません。
数千万の、命が消えた日露戦争。
その戦争をすべきでなかったと私たち現代人が考えたらどうでしょうか。
戦争のなかで信念を持ち願いを持ち戦い、死した方々への冒涜ではありませんか!?
・・・申し訳ありません。
平常心で、書く事が出来ません。
乱文失礼しました。

  • [128]
  • 染井吉野さん ご批判を有難うございます。

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月16日(金)08時46分16秒
  • 返信
 
私は今の日本にこういう議論が無いことに不満を持っている者で、反論、批判大歓迎です。
ところでこの掲示板は、司馬史観批判の人が主催しているものなのですが、私はその人々を批判した文章を書いてきています。
ところがそれに対する反論が殆ど無いのが不満なのです。
日本にはあまり深く考えてみようという人が居ないような気がします。
ということで染井さんには、反論、批判を期待しています。

しかしながら染井さんの考えには殆ど賛成です。

つまり「日本は素晴らしい国だ」という気持ちに大賛成です。

それを示すために、私の日本観をまず書きます。
1820年(幕末)の世界の工業生産の推計では、日本は世界の3%なのに対して、英国が5%を占めていました。(実はこの時中国が29%と圧倒的大国でした。)
日本は、英国とさして違わない程度の大国だった、と言うことです。

ですから染井さんの
>(染井さん)最先端科学のロボットを開発し進む国でもあります。友禅や紬や塗り物などの伝統文化を有する国でもあります。
に同感です。
このような文化の素晴らしさに、日本人はもっと自信を持つべきだ、と思っています。
>(染井さん)美しく醜く野蛮で優雅ですばらしく最低な国だとおもいます。
という文章にも概ね賛成ですが、「最低な国」という言い方には、賛成できません。
日露戦争は日本人の野蛮を示している、と思いますが、これは世界の列強と同じ程度の野蛮であって、最低ではありません。

>(染井さん)たった一方向からしか物事を見ないと偏った意見となり狂気になってしまいます。
という指摘は大変重要で素晴らしい考えだと思いました。
是非こういう考えでお話をしたいと思います。

ということで染井さんの文章には、ほとんど賛成なのです。
ところが文章全体の雰囲気では私を批判したいように読めます。

是非とも遠慮せずに、私の考えを批判してもらいたいと思います。

私の考えの要点は、日露戦争は、間違った戦争、する必要の無い戦争だった、ということです。
数万人の戦死者を出したのですが、その戦死を考えると、すべきではなかった戦争だった、というのが私の考えです。

染井さんは、あの程度の戦死者はやむを得ないことだった、という考えなのですか?
命を掛けて戦う価値のある戦争だった、という考えなのですか?

是非この点を書いてもらいたいと思います。





http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [127]
  • (無題)

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月15日(木)21時05分43秒
  • 返信
 
申し訳ありません。
小林哲夫様。
まだまだ未熟者な十代の私が言うのは失礼かと思いますが、言わせてくださいませ。
私も確かに戦争は嫌ですし、許せません。
人が理不尽に悲しみの涙を流すのは間違っています。
過ちだとも思っています。
ですが。
旅順攻略には日本とロシアの戦争には、日本とロシアの関係だけではありません。
当時、ロシア帝国に苦しめられていたトルコやユダヤの人々の気持ちすら絡んでいます。
日本は、やらざるをえない状況に追い込まれたのです!
もちろん、戦争をしないため必死に動いた多くの日本人やロシア人もいます。
けれど、日本の勝利のために支援した帝国に苦しめられていたトルコの方々の願い・ロシアで苦しむ同胞を助けるために日本を支援したユダヤ人の資産家の悲痛な叫びも覚えていてくださいませ。

たった一方向からしか物事を見ないと偏った意見となり狂気になってしまいます。
日本は野蛮かもしれませんが、ユダヤ人を助けた外交官と軍人・トルコ人を助けた村人・ロシア残留孤児のポーランド人を助けた方々もいるような国でもあります。
そして慰安婦問題などを抱える国でもあります。
最先端科学のロボットを開発し進む国でもあります。
友禅や紬や塗り物などの伝統文化を有する国でもあります。
美しく醜く野蛮で優雅ですばらしく最低な国だとおもいます。
乱文、失礼いたしました。

  • [126]
  • Re: 「203高地」の第11回、涙が出ました

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年12月15日(木)02時11分28秒
  • 返信
 
若輩者さんに同感しました。
私も涙が出そうになりました。
銃砲が待ち受けている要塞に向かって突撃し、そして死んで行った2万人以上の人たちのことを思うと涙が出てきます。
その戦死者の家族たちの嘆きは如何ばかりだったでしょうか?
数万の戦死者の家族は数十万にのぼると推定できますが、その人々の苦しみを思うと戦争というものは何とむごいものか?こんなことは決して繰り返してはいけない!と改めて思います。
そしてそれは日本人の側からだけ考えてはいけないと言う気持ちも伴います。
ロシア人兵士も同じ苦しみと悲しみを味わっているのです。
どうして憎しみあっても居ないロシア人と日本人が殺しあわねばならなかったのでしょうか?
ドラマによれば、ロシア皇帝は日本の要求を全て呑んで、戦争を回避せよと言う勅令を発していたとあります。
日本は開戦が遅れては、時間と共に不利になるという考えで、先制攻撃を始めた、とあります。
日本が戦争を始めなければ、戦争にならなかったのですから、この戦争の悲惨の責任は日本にある、と言うことでしょうか?

旅順攻撃のドラマから明らかなのは、日本は攻撃側で、ロシアは防衛側です。

どうして日本はこんな野蛮な国になったのでしょうか?

こんな酷い戦争を二度と起こしてはいけないと私は思うのですが、若輩者さんもきっと賛成してくれると思います。

日本人兵士とロシア人兵士の戦死者の苦しみと悲しみをこのドラマで記憶に残して、二度と戦争をしない日本にしたいと思います。




http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [125]
  • 「203高地」の第11回、涙が出ました

  • 投稿者:若輩者
  • 投稿日:2011年12月14日(水)12時13分51秒
  • 返信
 
38歳の主婦です。
学生のころに歴史で勉強した「明治、日清戦争、日露戦争」は
3学期の年度末ということもあり、年表の丸暗記程度でした。
その程度しか学校は教えてくれませんでした。
戦争賛美になるのではという意見もありますが、知らないことのほうが、ただ「勝利した」事しか知り得ず、
戦争の本質を知ることはできません。


戦争に関する賛否両論、戦争もののドラマに対する賛否両論
さまざまな意見が出ていますが、私は単純に、
「203高地」の第11回、涙が出ました。
203高地を奪取した瞬間です。

うれし泣きではありません。たくさんの人が亡くなった
・・・という悲しい涙でもありません。
何で涙が出たのか、意味はわかりませんが
感極まったというのが正直なところです。

国家がここまで庶民に対して重くのしかかった時代は、
これ以前にもない。

坂の上の雲の小説もこのドラマを期に読みましたが
文章だけでは想像もできない世界が、ドラマで伝わってきました。
その重さを背負った、私たちの祖父の祖父。
祖母の祖母、それほど遠くない先祖の方々が
息づいているように感じられた事。

単純にこのドラマを見ることができてよかったと思います。

そういえば、もうずいぶん前に亡くなったわたしの祖母が、
「子供のころ、周りの大人に日露戦争の話ばかり
何回も何回も聞かされてウンザリだった」という
話を聞いたことがあります。

私の母も、子供のころに父から満州の戦地へ行ったときの話しを
何度も聞かされてうんざりだったといっていました。

私は、出来るならそういう話をもっと聞かせてほしい。

戦争賛美ではなく、単純に自分たちの家族、
自分たちの国を守るために戦い、功績を残した先祖の話を
知りたいと思う。

日本人なら、このドラマを見てそう思うのは
当然だと思います。

それから戦争は、今の日本人には絶対無理ですよ。
紛争がおきそうになるとおそらくお金で解決するでしょう。
明治や昭和のような気骨のある人は、もういませんから。
人種自体がもう変わってしまったのではと思っています。

  • [124]
  • あの・・・

  • 投稿者:染井吉野
  • 投稿日:2011年12月 9日(金)00時30分6秒
  • 返信
 
坂の上の雲というドラマは、国と国の戦争や国の存亡をかけた外交などもテーマになっていますが今の日本人・・・とくに私のような若輩者にとっては、「明治」という「日本が国際社会というまったくの新世界に漕ぎ出した」時代のなかで多くの人々が信念や希望というものをもち生きたこと、信じられる未来とともに歩む仲間がいることの眩しさや憧れを感じます。
確かに重いテーマも重要かもしれません。
けれど、もっと単純に見ませんか?
ほかの国との友好云々よりも、日本という国で、明治という時代に生きた彼らの歴史を。


  • [123]
  • 友好促進に逆行?

  • 投稿者:菊池 紘明
  • 投稿日:2011年12月 5日(月)17時14分36秒
  • 返信
 
このドラマが周辺諸国との友好促進に逆行する?

当時の世界情勢は帝国主義でこの戦争が開戦される
一番大きな要因が朝鮮半島の北を統治する事だった。

この戦争を短絡的に見れば日本の植民地支配への
第一歩という見方になるだろうが余りに本質からずれている。

大局的にみれば日本海海戦で敗れていたら旅順を
攻略できていなければ日本はなかったどころか
アジアはアフリカ諸国と同じ運命を辿っていたかもしれない。

ドラマ内で同じような台詞があるが正に国家存亡を賭けた
命がけの戦争であったという事は否定しようがないだろう。

近隣諸国というのは主に韓国を指しているのだろうが
日本人であるならば血を流し今の国家を築いた先祖に対し
そこまで卑屈になって得る友好など中身の無い空虚なものだろ。

友好云々の前に日本が何故戦争しなければならなかったかを
己に問うべきだと思う、戦争は人類誕生してから今まで絶える事なく
起こっているのだから、目を閉ざさずしっかり目を見開いて過去を
直視してこそ戦争の無い平和な人類が訪れると思います。

  • [122]
  • 公共放送の使命を忘れないで欲しい。

  • 投稿者:渡辺 栄メール
  • 投稿日:2011年12月 3日(土)20時29分14秒
  • 返信
 
 どう考えても、このドラマは、日本と周辺諸国との友好促進に逆行する。アンケートを取れば、大多数が放送反対のはずだ。なのに、国民から受信料を取って、蛮行するのか。掛けた経費がもったいないのだろうか。止めるのも英断だ。最近のNHKの放送の仕方は、民放の姿勢と余り変わらなくなってきた。
 放送するなら、即刻アンケートを取って結果を公開すべきだ。

  • [121]
  • 独裁制と民主主義

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月28日(水)21時14分18秒
  • 返信
 
私の国民総責任論に対する反論として、国民は本来戦争をしたくないのだが、独裁制の弾圧によって、仕方なしに戦争をさせられたのだ、という国民被害者論がありました。
こういう反論に答えるために、独裁制というものについて考察する必要があります。

戦前の日本とドイツを独裁体制の国だった、と言う人がいますが、私も似ていると思います。
両方ともに国民の圧倒的支持に基づいた独裁で、天皇もヒトラーも国民全体から崇拝の対象とされました。
また両国の独裁体勢は、圧倒的国民の支持によって、完成したものでした。
こういう風に民衆の圧倒的支持によって始まった独裁制は、民衆の支持が続く間は民主主義だったというのが私の民主主義論です。
全国民の支持に支えられた体制は、民主主義の究極の理想を実現したといえます。独裁制は民主主義の理想の姿です。
独裁だから、国民に責任は無い、などということはできないと考えます。
しかし日本の場合は、ドイツと若干違うところがありますのでそこを説明します。
日本は独裁者のいない、独裁国家だった、と言う点が違います。
天皇は、実質的な独裁者ではなかった、ということです。
日本では、明治維新以後、政府や周囲の者が天皇を独裁者に仕立て上げて、独裁国家を装って、国を動かしたのですが、天皇自身の気持ちを見てみれば、権力者としての意思を表明したことは殆ど有りませんでした。
だから日本の場合は、独裁者のいない、独裁体制、ということが出来ます。
戦争を戦うためには、権力は集中されていなければならない、と言う事情から、出来上がった中央集権システムだったと考えます。つまり戦争を戦うために統帥権を確立する必要がありました。
独裁者が存在しないシステムでも独裁体制といえることを理解してもらえれば、アメリカの大統領制も独裁制の一つと見えてくるでしょう。
トルーマン大統領が原爆投下を決定した経緯をみれば、彼を独裁者といって差し支えない、と思われます。
戦時中の英国のチャーチル首相も独裁者に近い権力を行使したと言えます。
以上いずれの国も、独裁者が国民の総意に基づいて意思を決定していたのですから、独裁政治であったと同時に民主主義国家だった、ともいえます。
いずれの国も国民の総意に基づいて戦争をしたのですから、「戦争責任は国民にある」というのが、世界中に当てはまる原則です。
ヒトラーが侵略戦争をして勝っている間は、ドイツ国民は圧倒的にヒトラーを支持していたことは国民投票の結果によって知ることができます。
日本においても、日本国民は最後まで戦争に勝とうと懸命に努力しており、負けそうになった時にも一億玉砕を覚悟するほどに、国との一体観を持っていました。
日本国民は圧倒的に最後まで戦争を支持していたのだから、このように国民から支持される体制があったということは、民主主義があったことだ、といえます。
独裁体制が、ある時点では国民を弾圧して、恐怖政治によって、支持を得ているように見せることは良くあることでした。
戦後にあった韓国、台湾、中東諸国、東欧諸国などの独裁制は、今から考えると、強制によって作り出された支持であったことが明らかです。
このように民衆が本心を隠して、独裁者を支持しているように見せかけることも多いので、紛らわしいのですが、「本心」と「演技」の違いを見分ける目が必要だと考えます。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [120]
  • 国民が熱望した三国同盟

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月15日(木)19時01分15秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用の五回目です。
1939年9月、ドイツ軍がポーランドに侵入して、世界大戦が始まりました。
1940年4月からドイツ軍は西部戦線でめざましい電撃を開始して、瞬く間にパリを占領しました。(6月)
このドイツの快進撃に惹かれた国民は、三国同盟を熱狂的に望み、新聞もそれに同調して、それを煽る記事を書き続けました。

ドイツが瞬く間にフランスを破りパリを占領した、というニュースを新聞で読んだ国民は、「これからはドイツの時代だ」と思ったのは無理も無いことだと思います。
このニュースを読んで、「ドイツは怪しからん侵略戦争を始めた!」などと思った日本人は皆無と思います。
またこの後、ドイツの行く末は暗い、と予想できた日本人もいなかった、と想像できます。
だからドイツの勢いを見て、熱狂的に三国同盟を願った国民の心境は理解できます。
つまりこのドイツの勝利を新聞に載せることが日本国民を熱狂に追い込んだのであって、この熱狂という結果に新聞の責任を問うことは出来ないと思います。
特にこの頃ヒトラーやナチスの悪い情報が知られていたわけでもないので、記者に例え良心が有ったとしても、マイナスの記事の種は無く、この国民の熱狂を止めることは出来なかったでしょう。
三国同盟の問題は、米英と敵対関係になることに問題があるのですが、国民は熱狂してしまってそのような理性を失ってしまいました。
この問題点を首脳達は知っていましたから反対していたのですが、世論に勝てなかったということです。
「政治・軍事の指導者の理性と専門能力は、無知な世論に負けてしまう」という民主主義の現象だと考えます。(因みに私は戦前の日本も民主主義社会だったと考えています。)
ここで悔やまれるのが、首脳陣にノブレスオブリージュの勇気が欲しかった、というのが、この番組の結論のようです。

「大島浩陸軍中将および安東義良外交官証言」
外務省、および海軍は当初強硬に反対していたが、国民のこの熱狂に押されて、反対することが出来なくなり、方針を転換しました。
「加藤同盟通信記者談」
来栖ドイツ大使も新聞のせいでこんなことになってしまったと不満を述べていました。
「松本同盟通信記者証言」
近衛首相も本音では不賛成だったと松本同盟通信記者が述べています。
「福留海軍少将証言」
ドイツと組んで戦争をやれという空気が覆い尽くしていた。
「豊田海軍中佐証言」戦争論で日本は沸いていた。
「柴海軍中佐証言」世論が突き上げていた。

1940年9月三国同盟を締結しました。


http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [119]
  • 南京陥落提灯行列に都民40万人

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月12日(月)15時29分44秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用の四回目です。
1937年12月南京を陥落させたことを祝った「戦勝祝賀集会」が全国で行われ、東京では40万人の民衆のちょうちん行列が行われました。
この40万人こそが軍国主義の尖兵であり、戦争の原動力となった人々だ、と私は考えます。


従来の左翼が主張する「民衆は弾圧されてやむを得ず戦争に参加した」というロジックをこの人たちに当てはめることは出来ないと考えます。
この熱心な行列に参加した民衆が、軍によって強制的に動員された、とか、弾圧を恐れていやいや参加したなどとは到底想像できないからです。
行列参加の40万人の行動的軍国主義者の背景にはその数倍の行動までには至らない心情的同調者が存在するはずで、これらを塁計すると国民の大部分になる、というのがこの当時の世相を軍国主義と呼ぶことの意味だと思います。
行動的軍国主義者と、行動に至らない、気持ちだけの軍国主義者を合わせて過半数、その背後に沈黙と暗黙の支持者がいて、全体として軍国主義というものが成り立っていた、と考えます。
こういう状態をひっくるめて、国民全体が戦争を望んだのであり、戦争について責任がある、と私は主張しています。

追記;南京虐殺について
一部の右翼が、南京事件は戦後東京裁判のときに占領軍が捏造したもので、事件当時は知られていなかった、と主張していますが、その時のアメリカでニュース映画として公表された画像が今回の放送に含まれていました。
日本軍が虐殺死体が散乱する道を行軍する映像が写っていました。

(私見)
虐殺があったということは日本では報道されなかったので、もしこの真実が報道されていたら、黙ってはいなかったに違いない、という新聞批判があります。
しかしもし仮に国民がこの真実を知ったからといって、そのことを批判する、というようなことは起こらなかったと推定できます。
いわんや「こんな戦争はやってはいけない!」と戦争反対の世論が沸き起こるとは到底思えません。

私は戦時中に兵隊さんが、我が家に来て飲み会をしている席で、中国人を日本刀で処刑している写真を自慢げに見せてくれたことを覚えています。
「それは子供に見せるものではない!」と上官にしかられている様子も覚えています。
つまり兵士は中国人市民虐殺にそれほどの罪悪感を持っていなかった、ということと、内地の国民もその程度のことは当たり前という気持ちがあった、と思っているからです。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [118]
  • 不買運動に屈服した信濃毎日 

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月 9日(金)19時32分52秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用の三回目です。
信濃毎日新聞の桐生悠々編集主幹の「防空演習批判」の記事に対して、信州郷軍同士会が反発して、8万人の会員を以って不買運動を起して脅迫し、新聞側はこれに屈して、桐生氏が退職しました。(1933年9月)
その時期の新聞の発行部数は2万程度でしたから、この不買運動は決定的でした。

「私見「;この脅迫を現代史の本では「軍による弾圧」の一種と見ているようですが、これは明らかに民間団体による、不買運動にすぎません。
軍部が記事に対して怒ったということも事実としてあったと思いますが、しかしこの不買運動は軍部がその組織を使って弾圧したものではなく、現役軍人が動いたものでもありません。
また軍の権力を使った弾圧でも、法律を以って禁止したものでもなく、消費者(購読者)の権利として不買と言う手段を使ったものですから、この脅迫を現在の観点から見ても非難することは出来ないと思います。
いわば健全な消費者運動と見るべきと思います。
これを一般化すると商業メディアは、不買運動に対しては絶対的な弱みを持っていて、消費者の意向に沿わないわけには行かなくなるということです。
これはある意味で、民主主義なのですから、この事件は逆にこの時期民主主義が存在したことの証でもあります。
また不買運動の方に多数の人を巻き込めたということは、軍を支持する国民が多数派で、軍批判の記事に国民の支持が集まらなかったことを意味しており、新聞社に勝ち目がないことは当然といえます。
総力戦の時代には、反戦的意見は少数派である、という現実を認めなければなりません。
それでもあくまでも戦争に反対したい人は、少数派になることを覚悟し、商業ベースに頼らない言論活動を考えるべきだと考えます。
今の時代ならば、コストのかからないインターネットの利用などが一案となります。


http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [117]
  • 国民が支持した満州事変

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月 8日(木)09時09分7秒
  • 返信
 
NHKドキュメンタリー「日本は何故戦争へと向かったのか?第三回」からの引用を続けます。
朝日新聞は満州事変が起こった当初は慎重論でした。(他社は当初から事変支持)
ところが事変の二日後の1931.9.20の社説で、事変に対する慎重論を書いたことに対して全国各地で国民が怒り出して、不買運動が起こったので、経営陣はあわてて、再検討を行いました。
そこで緒方竹虎朝日編集局長が、今村均参謀本部作戦課長を料理店に呼びつけて、軍の本音を聞いて判断しようとしました。


今村氏は現地軍の暴走とそれを本部が統制できない現状を素直に認めて、しかし現地の事情を考えると今さら現地を否定することは出来ない、と語りました。
緒方氏はこのような率直な説明に動かされて、新聞社も今更現地軍を裏切ることは出来ない、そんなことを書いては更に世論の大反発を受けるに違いないと悟り、社に帰って朝日新聞の大転向を行いました。
この時他社は既に事変支持が大部分でした。
新聞が恐れたのは不買運動、つまり国民の世論の方だった、ということです。
また記者達は満鉄爆破は関東軍の謀略であることを谷萩陸軍省新聞班員から伝えられて知っていましたが、記者達全員一致してこれを記事にする気は有りませんでした。
政府が不拡大方針を打ち出しているのを無視して、現地関東軍が独断独走していることの方を全新聞社は支持しました。
現地軍の暴走を支持して、政府の優柔不断を批判したのも、国民世論を受けたもので、世論の支持を失うことを恐れたものでした。
新聞は、リットン報告を審議する国際連盟への怒りをあらわにして、「断乎脱退すべし」と連日騒ぎ立てました。
そして全国132の新聞社が一つに成って、国際連盟批判の共同宣言を世界に向かって発表しました。
新聞社は、日本の外交方針を自らリードする姿勢を打ち出したことになります。
結局日本は連盟を脱退してしまいましたが、その立役者松岡氏が帰国した時には、民衆は凱旋将軍のように大歓迎しました。

(私見)ここで注意して欲しい事は、「新聞は、軍部の弾圧を恐れて真実を報道できなかった」という言い訳が通用し無いことです。
この段階では、軍部の弾圧などありえず、むしろ軍部の方が低姿勢だったことが解るからです。
また「真実を報道できなかった」などと言っている、その「真実」というものが何であったのかさっぱりわかりません。
真実を知っていて報道しなかったのは、鉄道爆破の謀略の部分だけです。
これは大前提が事変支持ということであったので、それに不都合な謀略という真実を新聞社が意図的に隠したにすぎません。
政府および軍中央の意思に反して、現地軍の暴走を支持し、謀略を隠したのですから、「弾圧されてやむなく・・・」などという言い訳が入る余地は全くありません。


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  • [116]
  • NHK;日本人は何故戦争へと向かったのか?第三回

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 9月 6日(火)19時05分1秒
  • 返信
 
このドキュメンタリーは、2011年2月27日に放映されたもので、今回は全4回もののシリーズ第3回「熱狂はこうして作られた」の感想です。
半年前に放映されたものを今回もう一度録画で見てみて、その内容の充実に感服して、ここで本格的に感想を書こうと思い立ちました。
この第三回の主題は「マスコミによって作られた熱狂」というものですが、これは私の主題でもありますので、詳しく論じたいと思います。

私は予てより、マスコミ全体の自己反省のレベルに不満をもっていました。
それは
①マスコミの罪を、「真実を報道しなかったこと」などという意味不明の言い方で護摩化していること。
②その原因を、軍部から弾圧されてやむを得なかった、と言い訳して、自分自身が戦争を煽った行為にほうかむりをしていること。その結果
③軍国主義の実体、すなわち国民自身が戦争を望んでいたこと、を認めようとしていないことに不満でした。
つまりマスコミの問題点は、「国民の好戦性に迎合して、戦争を煽ったという現象にある」ということが見えていないことに不満でした。
ところが今回のNHKは、「熱狂した世論が政策の決定に大きな影響を与えた」と言っていて、私の国民総責任説に合致する考えになっており、とうとう私の考えが現れた、とうれしくなりました。
しかしその「熱狂した世論」はどうして出来上がったのか?ということを「マスコミによって作られた」と番組が説明していることにちょっと不満が残りました。
こう言ってしまっては、マスコミと世論の相互作用と一体感が損なわれるような気がしたからです。
私としてはあの戦闘的世論は「マスコミによって作られた」というような受身的なものではなくて、民衆自身の好戦性が能動的に作った世論であった、という側面を忘れてはいけない、と思いました。
国民はマスコミに操作されて熱狂しただけではなくて、国民自身の性癖として、熱狂しがちなものであり、それが軍国主義の時代を作った、ということを私は強調したいと考えます。
マスコミは国民が好む記事を書いて売り上げ部数の拡大を目論んだのですから、熱狂したい国民に新聞が迎合した、という要素を私は強調します。
戦前軍国主義下の国民には、戦争に熱狂する素地が既にあって、それに火をつけたのが、マスコミであった。
マスコミは、熱狂を「作り出した」のではなくて、「火をつけただけ」という違いです。
しかし朝日新聞の戦争責任論では到達できなかった、マスコミが「戦争を煽った」現象を直視した内容に充分満足しました。
しかし朝日などの営利企業には出来ない、自己批判をNHKという組織で出来たことに喝采を送り、今後に期待したいと思いました。
私としては、残るのは軍国主義化した国民の責任の問題だけとなりました。
こういう素晴らしい番組を作った、制作統括の角英夫氏の名前を記憶しておきたいと思いました。

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [115]
  • マスコミの戦争責任?

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 3月 9日(水)11時08分13秒
  • 返信
 
前項でNHKの番組「シリーズ 日本人はなぜ戦争へと向かったのか? 第4回 開戦・リーダーたちの迷走」の主張を、なかなか良い線を行っていると評価しましたが、最後の詰めが不足していると書いたことをもう少し説明します。

NHKの番組が言っていたことは、「当時の日本のリーダー達は政治家も軍人も全て、対米戦争に勝ち目が無いこと、戦争をしてはいけないことを知っていた。しかし国内世論の反発を恐れて、それを言い出す勇気のある人が居なかった。」という結論でした。

この結論は、日本のトップの人たちの勇気の無さを非難するものでした。

しかしこれは中途半端な戦争責任論だ、と私は考えています。

日本の指導者に、「軍国主義的世論を、常識に引き戻すように指導する」という観点が無かったことは事実ですが、そこに問題があるだけではなくて、「何故この時国民世論は好戦的になっていたのか?」ということを掘り下げる必要があります。

この問題に対して、「マスコミが国民を煽ったのだ、国民はマスコミに騙されたのだ」という考えが、今のところ反戦左翼が言っていることだと私は見ていて、これを私はここで批判しています。

このマスコミ批判に対して、マスコミ自体は、「軍部の弾圧があって、やむを得なかったのだ」と言い訳をしているのが、現状です。
朝日とか毎日新聞社などが、時々「戦争責任を検証する」というシリーズを書きますが、言っていることはこの責任逃ればかりです。

こういう自分自身の責任を追及しない責任逃れの反省には、主体性(当事者意識)と言うものがありません。
つまり軍部の弾圧に対して、自分達はどう対応すべきだったのか?という観点が抜けてしまっていて、これでは反省になりません。

マスコミが戦争を煽るような記事を書き続けた原因は、良く考えて見れば、軍部の弾圧ではありません。

弾圧があったことは事実としても、弾圧によって不都合な記事を禁止することは出来るかもしれませんが、戦争を煽る記事を書かせることは出来ません。

マスコミの中に、戦争をしてはいけない、という気持ちがもし少しでもあったのならば、いくら弾圧があっても、あのような戦争を煽る記事が書けるはずがありません。
弾圧に対しては、軍部の禁止する記事を自粛する、というだけで済ますべきでした。

ここに現在のマスコミの反省の不足と誤魔化しがあります。

ということでマスコミが戦争を煽る記事を書いたのは、正確に言えば、軍部の弾圧が原因ではありません。

だからと言って、マスコミに全責任がある、と短絡してはいけません。

マスコミが戦争を煽る記事を書いた本当の理由は、そうしないと売り上げが伸びないからです。

当時戦争を煽れば煽るほど、売り上げが伸びると言うことは、良く知られていたことです。
また戦争に水を差すような記事を書いたのでは、不買運動が起るような世論がありました。

つまり新聞社の利益確保のために、煽り記事を書かざるを得ない状態にあったからです。

現在のマスコミが、ここに切り込めないのは、国民に責任がある、と言っては、国民(視聴者・購買者)から、反感をもたれる、と恐れているからです。

マスコミは読者、視聴者を悪者にすることは絶対に出来ないのです。

そしてマスコミのこの誤魔化しに、国民はまた騙されて、「国民は、本当は戦争は嫌いだった」などという、根拠の無い見方になってしまっています。

「国民には責任が無い」というような現在の世論が蔓延している原因は、マスコミが正しい責任論を書かないからです。

これをまた「国民はマスコミに騙されている」などと責任逃れをするつもりでしょうか?

http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [114]
  • 日本人はなぜ戦争へと向かったのか・・・国民の責任

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 3月 7日(月)14時27分17秒
  • 返信
 
昨日のNHKの番組「シリーズ 日本人はなぜ戦争へと向かったのか? 第4回 開戦・リーダーたちの迷走」を見ましたが、なかなか良い番組だった と思いました。

番組が言わんとした事は、「当時のリーダー達は全て、対米戦争に勝ち目が無いこと、戦争をしてはいけないことを知っていた。しかしそれを言い出す人が居なかった。対米譲歩を決断できる人が居なかった。」ということでした。

何故言い出せなかったのかといえば、それを言えば国民の反感を買って、何人かは暗殺されるに違いない雰囲気があると思われたからです。

陸軍は、「海軍が特に戦争をしてはいけないと考えているのだから、海軍がそれを言い出すべきだ」と迫るのですが、海軍にそれを言える人は居ませんでした。

トップが問題を曖昧に先送りしていることを良い事にして、陸軍部隊は満州に50万の兵を送り、それに負けじ、と海軍部隊は仏印進駐を実行してしまいます。

これらは実質、宣戦布告に等しい軍事行動だったのですが、その重要性を誰も意識できず、トップを騙しての、軍部の下部の暴走として実行されたものでした。

軍部の青年将校には、強硬な開戦論者が多かったのですが、これは国民世論の熱烈な支持に支えられたものでした。

日本のトップたちは、国民世論を抑えることが出来ないために、問題を先送りして時間が経ってしまいました、そのうちに事態は、どんどん開戦の方向に流されたものでした。

昨日の番組は、この日本の政治の惨状を、トップの人たちに決断力が無かったのが問題だ、と締めくくったのですが、ここに私は番組の限界を見ました。

ここでさらにもう一歩突っ込んで、Tijinさんが書いているような、疑問を持って欲しかったと残念です。

どうしてこの時、国民は、強硬な軍国主義に陥ってしまっていたのか?

この熱狂を冷ますためにはどうしたら良かったのか?
そういう動きは無かったのか?という問題提起をして欲しかったと思います。


冷静に考えれば、誰もがしてはいけないと解るような戦争なのですから、そのことを、国民に知らせて欲しかった。

日本の政治・軍事のトップが、全員してはいけないと思っている、そのことをどうかして国民に知らせる方法は無かったのか?と言うことです。

そういう役割を荷う人が居なかったことが、最大の問題ではないでしょうか?

国民が狂ってしまってからでは遅い、ということを教訓としなければならないと思います。

今現在、その危険な時に来ているのではないか、と私は心配しています。

現在の日本国民の反中感情は、一体扇動されて出来たものなのでしょうか?

誰が扇動しているのでしょうか?

マスコミに責任があることも事実ですが、そんなことを言っているだけで、国民世論は変わるものでしょうか?

国民そのものを対象に、語り掛けなければ、いけないと私は考えます。



http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [113]
  • 民族意識はどうして起るのか?

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 3月 6日(日)11時29分49秒
  • 返信
 
Tijinさんおはようございます。

Tijinさんの質問に、ご迷惑かと思いますが、私がコメントさせていただきたいと思います。

今までの私の文書を読まれた読者の方には、随分生意気なやつだ、と思われていると自覚していますが、私が言いたいことを、読者の皆様の感情を無視して、解りやすく書こうとするとこんな具合になります、ということでお許しください。

まず①②のような質問(疑問)は、それ自体に問題があります。

この疑問は、人間は生まれながらに好戦的で、闘争心がある、という考えにつながるものです。
戦争を人間の本性に結び付ける考えは間違いだと思います。
日本民族は縄文時代には戦争をしなかった民族で、西洋では約一万年前から戦争をしていますが、日本では約2000年前の弥生時代から戦争が始まりました。
戦争は人類の本姓である、という考えが間違いであることを、日本歴史が証明しています。

人間の本性はどちらかと言えば、戦争が嫌いだと私は考えています。

Tijinさんの③の質問は大変重要な問題ですが、学者や思想家は今まで研究してこなかった問題です。つまり彼らにそういう問題意識が無かった、ということでしょう。

>(Tijinさん)③他国や戦争に対する人間(国民)の知識や意識は何によって獲得するのか?

この質問は、近代国民国家における「民族意識」はどのようにして、出来上がるのか?と書き換えることが出来ると思います。

それは「近代化」ということ全体に関わる問題なのですが、しっかりとこのことを研究した本は無い、と私は思っています。

例えば、現在マスコミは国民の反中国感情を煽る報道ばかりしており、本屋には反中国の本が沢山並んでいます。
現在の国民の中には、確実に反中国感情と言う民族意識が蔓延しています。(中国側にももっと激しい民族感情が盛り上がっているのですが・・・)

これはどうして出来上がったのでしょうか?

これをマスコミが作り出したもので、マスコミに責任を擦り付けて終わりにして良いものでしょうか?

もちろんマスコミは、視聴率を上げるためにこういう偏向報道をしているのですから、国民全体が望んでいるのだということなのです。

世論はマスコミと国民感情の相乗作用によって、出来上がるものだと思います。

それではそのもとの国民感情自体はどうして出来上がるのでしょうか?

それは時代の流れと言う大きなものとしか言いようがありません。

マスコミが国民を騙しているなどとは、到底考えられません。

いわんや資本家が階級利益のために戦争をたくらんでいる、などという論理はとっくに破綻しています。

つまりこの排外的民族意識の高揚という大きな流れを止め、それに伴う戦争への方向を止めるためには、これを意識的に自覚し、批判することしかない、と思うのですが、如何でしょうか?




http://homepage2.nifty.com/kobatetu/index.htm


  • [112]
  • 愚者の自問

  • 投稿者:tijin
  • 投稿日:2011年 3月 3日(木)10時00分11秒
  • 返信
 
①人間(国民)は生まれながら朝鮮や清国、露国を敵とし戦争すべしという意志や戦地に向かう勇気が備わっていたか

②1941年12月8日以降に誕生した人間(国民)は、生まれながら「鬼畜米英」という意識が備わっていたのか

③他国や戦争に対する人間(国民)の知識や意識は何によって獲得するのか

誰か、愚者=私の「自問」にお答えください。

  • [111]
  • 国民の好戦性が戦争を起こした

  • 投稿者:小林哲夫メール
  • 投稿日:2011年 2月28日(月)19時46分30秒
  • 返信
 
私は国民を免罪する次のような見方は戦争を防止しようとする考えを無効にするものと考えて、批判を続けています。

『国民の圧倒的な部分は、戦争、すなわち人が人と殺し合うことを望んでいない。教育され、扇動されて「好戦的」に仕立てられたのです。』


昨日のNHKの、「日本人はなぜ戦争に向かったのか(3)熱狂はこうして作られた」という番組を見ました。
その中で桐生悠々が信濃毎日に書いた軍批判の記事が、弾圧されたいきさつが説明してありました。

しかし良く考えて見ますとこれは弾圧とは言え無いように思えました。

桐生の新聞記事に抗議したのは、信州在郷同士会という民間団体で、その脅しと言うのは、「もしこのような批判を続けるならば、不買運動を起す」というものでした。
新聞社は不買運動をされては、経営が成り立たない、と恐れて、抗議に屈したので、桐生は辞職した、と言うものでした。

これが現在戦前にあった軍部弾圧と言われているものの大部分の実態だと思われます。

まず軍部が組織として、公的に弾圧したものではなくて、民間団体が非公式に(民主的手続きに従って)抗議したものだったということです。
決して武力をもって脅したものではありません。

次の問題は、新聞社は不買運動を恐れて屈した、という点です。

つまり新聞がこのような軍の批判をすることを国民大衆は憎んでいた、ということがあって、不買運動は容易に実行できる環境にあった、と言うことです。

ここから解ることは、軍国的熱狂は国民の側にすでに盛り上がっていて、これを批判するような新聞記事を書いたのでは、新聞が売れなくなる、という現実が先行していた、ということです。

軍国的熱狂は新聞によって作り出されたものではなくて、国民の熱狂が先に出来上がっていて、新聞はこの国民の熱狂に逆らえなかった、ということです。


今回のNHKの放送はこのようなことを推定できる内容だった、と言う意味でかなり良いものだったと私は思っています。

しかし番組を見た人が、私のようには理解できそうには思えない、と言う意味で、かなり不満足なものでした。

しかし私のこの文章を読んでいる読者の人にも、私のこの国民責任論はなかなか理解できないもののようですから、NHKの責任を追及するのは酷というものです。

NHKを批判している人々自身のレベルアップがまず必要だと思います。


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  1. NHKドラマ「坂の上の雲」感想・投稿・意見交換掲示板(140)(管理者)15/09/16(水)12:34
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